tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『植物図鑑』有川浩

植物図鑑 (幻冬舎文庫)

植物図鑑 (幻冬舎文庫)


お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか。噛みません。躾のできた良い子です――。思わず拾ってしまったイケメンは、家事万能のスーパー家政夫のうえ、重度の植物オタクだった。樹という名前しか知らされぬまま、週末ごとにご近所を「狩り」する、風変わりな同棲生活が始まった。とびきり美味しい(ちょっぴりほろ苦)“道草"恋愛小説。レシピ付き。

これまで読んできた他の有川作品にも、有川さんが植物に詳しいのかなと思わせる部分はいくつかあったように思います(「図書館戦争」シリーズのカミツレのくだりとか)。
この作品はそんな有川さんの趣味と知識を存分に生かしたものです。


27歳の会社員、河野さやか。
ある日、自宅マンション前で、行き倒れのイケメンを発見し、思わず拾って家に上げてしまいます。
そこからイツキと名乗る青年との奇妙な同居生活が始まります。
イツキという名前と、植物に妙に詳しいことと、炊事をはじめとする家事全般が得意なこと以外、名字も年齢も出身地も謎のままでしたが、週末ごとに一緒に近所を探索して野草を摘み、おいしい料理を食べさせてもらっているうちに、さやかはどんどんイツキに惹かれていくのでした…。


こう書いてみるとなかなかすごいあらすじですね。
「行き倒れのイケメン」って。
でも本当にこういう話なんだから仕方がない。
有川浩さん曰く、「天空の城ラピュタ」のように少年の前に美少女が降ってくるという話があるなら、女の子の前にイケメンが落ちてきて何が悪い!…だそうであります。
なるほど(笑)
図書館戦争』に次ぐトンデモ設定かなと思ったけれど、さやかとイツキの出逢いがちょっと普通ではないだけで、その後の物語は至って地に足が着いたものとなっています。
何と言っても特に自然が豊かな田舎というわけでもない、街中に生えている草や花や実を採取してそれを調理して食べる、という話なのですから。
とても生活に密着した感じで、出逢ってすぐにさやかとイツキが同居生活をするというちょっと驚きの状況も、なんだかすんなり受け入れることができてしまいます。
個人的には山菜などの野性味のある食材があまり好きではなく(七草粥なんかも苦手…)、正直言ってイツキの野草料理にも心惹かれなかったのですが、道端に見かけるような何気ない草や花の名前を知り、さまざまな調理法で味わうということ自体は、身近な自然と共に生きているという感じで素敵だなと思いました。


ラブコメとしては、同居生活の中でだんだん育ってくる恋心の切なさも、その恋が成就する甘さも、突然の別れというほろ苦さも、しっかり欲張りに詰め込んでいて、有川さんのラブコメのファンなら十分満足できると思います。
特に後半の甘々ぶりは、「図書館戦争」シリーズをも超えているかも?
何しろ最初から一緒に住んでいるんですから、想いが通い合えばそこから関係が深まっていくスピードは速いわけです。
それにしても同じ屋根の下に2人きりで住んでいるのに、恋人同士ではないという状態は、恋心を自覚してしまった者にとってはなかなか酷だなぁと思います。
イツキの罪作りな優しさにやきもきしてしまいますが、それは女性の立場からの読み方であって、男性が読んだらまた違う感想になるのだろうなとも思いました。
ほろ苦さも切なさももどかしさも描かれていますが、有川さんのラブコメは基本的にハッピーになれるのがうれしいです。


その辺に生えている植物の名前が分かるっていいですね。
私もちょっと意識して道端の植物に目を向けてみようかなと思いました。
何しろ「雑草という草はない」のですから。
☆4つ。