tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『夜行観覧車』湊かなえ

夜行観覧車 (双葉文庫)

夜行観覧車 (双葉文庫)


父親が被害者で母親が加害者──。
高級住宅地に住むエリート一家で起きたセンセーショナルな事件。
遺されたこどもたちは、どのように生きていくのか。
その家族と向かいに住む家族の視点から、事件の動機と真相が明らかになる。
『告白』の著者が描く、衝撃の「家族」小説。2013年1月18日よりTBSにて連続ドラマ化決定!

これまた湊かなえさんらしい作品だなというかなんというか…。
湊さんは自己中心的で性格の悪い人間を書くのが本当にうまいな、という印象です。
あ、褒めてますよ、もちろん。


ひばりが丘という、坂の上の高級住宅地に建つ3件の家。
一番小さな家は、夫婦と中学生の娘の3人家族が住む「遠藤家」。
その向かいには、エリート医師と美人妻、そして名門私立学校に通う3人のきょうだいが住む「高橋家」。
遠藤家の隣には、古くからひばりが丘に住んでいて、子どもはもう独立している夫婦の住む「小島家」があります。
このうち遠藤家では、娘の彩花がしょっちゅう癇癪を起こし、近所にも響き渡るような大声で親を罵倒するという問題が起こっていました。
やがて、このひばりが丘で家庭内殺人事件が発生します。
それは、問題を抱えた遠藤家ではなく、誰もが羨むような理想的な家族に見えた、高橋家で起こったのでした…。


とにかく、登場人物の誰もが、欠点ばかり目につくので少々うんざりするのは否めません。
遠藤家の夫は、事なかれ主義で家庭の問題に向き合おうとせず逃げてばかり。
妻は自分の理想に囚われて、娘のことも含めて周りが見えなくなってしまっています。
娘の彩花は自分が抱える不満の原因を、親や近所の人々といった周りの人たちに押し付けすぎており、かなりのわがままで他人への思いやりが感じられません。
小島家の妻はやじうま根性が強く、自分にとって居心地のいい環境を守るためなら、道徳観念すらふっ飛んでしまうような人。
高橋家の面々は、一見非常にまともに見えるのですが、実はいろいろと問題があったのだということが、物語が進むにつれ明らかになっていきます。
それぞれ個性的で、性格は異なりますが、全員に共通しているのは「自分が一番」というところ。
自分の立場やプライドや理想を守ろうとしか考えないから、周囲への配慮に欠ける言動をとってしまうことになります。
これでは家庭内であれご近所づきあいであれ、人間関係がうまくいかないのも当然です。
ぎくしゃくとしてかみ合わない人たちの間で生じたひずみが、悲しい事件につながるのです。
少々滑稽なくらいにガタガタの人間関係にぞっとさせられますが、小説だから少し誇張されて描かれている部分があるだけで、似たような例は現実にいっぱいあるのではないかと思いました。


震災以降、人と人とのつながりや絆の重要性が叫ばれますが、人間関係は難しいもの。
家族や隣近所という、密接な人間関係には余計にドロドロとしたものが生まれやすいのかもしれません。
それでも、この物語の最後には、わずかな希望が見えてきます。
ほんの少し自分のことから周りの人のことに視線を移し、向き合うことを怖がらずに、ちょっとおせっかいかもしれないと思うくらいに首を突っ込んでみることも、よりよい人間関係のためには必要なのかもしれません。
面倒なことに巻き込まれたくないから、ご近所さんは所詮他人だから、などと言い訳をして関わり合いを避けることが、相手への理解を妨げ、結局は人間関係がうまくいかない原因になってしまうのでしょう。
ラスト、高橋家の子どもたちが事件を収束させるために選択するある手段に、ちょっと嫌悪感を感じもしましたが、したたかに前を向いて生きていこうとする強さも感じられて、読後感はそれほど悪くなかったです。


それにしてもタイトルの「観覧車」が象徴的で、いいタイトルだなぁと思います。
下から見る景色、上から見る景色、そしてぐるっと一周回って戻ってきたら、同じものも違って見えるかもしれない…。
多様な視点を駆使して奥行きのある物語を構築する湊さんの巧さを感じました。
☆4つ。