tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『球体の蛇』道尾秀介

球体の蛇 (角川文庫)

球体の蛇 (角川文庫)


幼なじみ・サヨの死の秘密を抱えた17歳の私は、ある女性に夢中だった。白い服に身を包み自転車に乗った彼女は、どこかサヨに似ていた。想いを抑えきれなくなった私は、彼女が過ごす家の床下に夜な夜な潜り込むという悪癖を繰り返すようになったが、ある夜、運命を決定的に変える事件が起こってしまう―。幼い嘘と過ちの連鎖が、それぞれの人生を思いもよらない方向へ駆り立ててゆく。最後の一行が深い余韻を残す、傑作長編。

道尾秀介さんの作品は毎回感想を書くときにネタバレしないようにするのが大変なのですが、今回もそんな感じ。
あまりミステリ的な話ではないのですがね…。
そして、読後の感覚が独特で、うまく言語化できる気がしません。
わけの分からない感想になっているかもしれませんが、ひとえに私の語彙力のなさによるもので、著者のせいではありませんということを最初にお断りしておきます(汗)


小さな港町に住む17歳の高校生、友彦。
両親が離婚し、最初は父親と共に暮らしていたものの、父の東京転勤に一緒についていくことを拒否し、隣家の乙太郎さんに引き取られて現在は乙太郎さんとその娘・ナオと共に暮らしています。
乙太郎さんの仕事は白蟻点検と駆除。
友彦もアルバイトとしてその仕事を手伝ううち、何度か白い自転車に乗った美しい女性を見かけます。
次第にその人に惹かれていく友彦。
しかし彼女はある秘密を抱えていて…。


地の文は主人公・友彦の一人称なのですが、落ち着いた文体と、一人称が「私」であるせいか、高校生らしくない大人びた語りになっているのが印象的です。
物語は時折友彦による過去の回想を挟む形で進んでいきますが、次第に明らかになってくる「過去」がなかなかにショッキングで悲しく、残酷です。
現在は友彦の親代わりともいえる乙太郎さんの奥さんが火事で亡くなり、夫妻の娘でナオの姉にあたるサヨも同じ火事で大やけどを負い、その後亡くなっています。
そのサヨの死に関して、人には言えない秘密を抱いて生きている友彦ですが、意外なところでその死の秘密が現在につながってきます。
そして、ある夜の出来事を境に、運命は大きく反転し、友彦はさらなる残酷な事実に直面することになります。


途中まではミステリなのかなと思って読んでいました。
けれども最後まで読むと、謎解きが主体のミステリではないということが分かります。
むしろ、何が真実で何が嘘だったのか曖昧で、どのような解釈も可能な話になっています。
友彦は過去においても、現在においても、いくつかの嘘をつきます。
その嘘は決して悪意があったとは言えないものですが、幼さゆえに残酷な嘘であり、大切な人たちを傷つけます。
そしてその嘘が引き起こした結果と、後に明らかになる真実によって、友彦もまたその残酷さに傷つき苦しむことになります。
何とも皮肉な結果ですが、嘘と真実と、どちらがより残酷なのだろうかと考えてしまいました。
基本的に嘘はネガティブなものとして捉えられがちですが、だからといって真実を知ることが必ずしもよいことであるとは限りません。
残酷な真実から人を守るためにつかれる嘘もあるのです。
残酷でも真実を知りたいと思うか、真実を知って傷つくくらいなら優しい嘘に包まれて守られたいと思うか。
それは人それぞれではあるだろうけれど、人間というのはみなそうやって嘘を抱えて生きていく生き物なのだと思わせるラストがとても印象的でした。
それはとても悲しいのだけれど、どこか希望と優しさがあるようで、けっして不快ではないのです。
何とも言えない、不思議な味わいと余韻のある読後感でした。


作中に何度か登場し、文庫版の表紙にも描かれているスノードームが、友彦の心象風景を映しているようで印象的でした。
スノードーム、田舎の港町、雪、海などの描写が、どれも静かで冷たいイメージを描き出していて、嘘と真実の物語をそのまま象徴しているようで、不思議な読後感とともに心に残りました。
☆4つ。