tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『SOSの猿』伊坂幸太郎

SOSの猿 (中公文庫)

SOSの猿 (中公文庫)


三百億円の損害を出した株の誤発注事件を調べる男と、ひきこもりを悪魔秡いで治そうとする男。奮闘する二人の男のあいだを孫悟空が自在に飛び回り、問いを投げかける。「本当に悪いのは誰?」はてさて、答えを知るのは猿か悪魔か?そもそも答えは存在するの?面白くて考えさせられる、伊坂エンターテインメントの集大成。

2012年の年越し&2013年の初読みはこの作品。
『あるキング』に続いて伊坂作品の中では異色とされ、賛否両論の作品です。
個人的には『あるキング』よりは好きかな。
でも何となくすっきりしないというか、何が言いたいのかよく分からない感は確かにありました。


物語は「私の話」という家電店でエアコンを売りながらエクソシストとして悪魔祓いをしている青年の話と、「猿の話」という西遊記絡みの(?)話との2つの物語が交互に語られる形で進んでいきます。
…とまぁたったこれだけの説明でも拒否感を示す人もいそうですね。
何しろエクソシストに西遊記ですから。
エクソシストだの悪魔祓いだの、現実離れしている上になんだか不気味ですし、西遊記も史実を下敷きにしてはいるようですがフィクションであることには変わりありません。
しかもストーリーの中で出てくるのは引きこもりの少年だとか、母子監禁事件だとか、株の誤発注事件だとか、現実に起きているような事件ばかり。
そんな現実味のある物語の中に、当たり前のように悪魔祓いだの孫悟空だの牛魔王だのが登場するのですから、ついていけない読者が出てきてしまっても不思議ではないと思います。
現実と非現実の奇妙な融合による独特の世界観がこの作品の魅力でもあり、足枷でもあるように感じました。
私としては戸惑うところも多々あったものの、ある人物の「物語は、時々、人を救う」という言葉には共感できました。
この作品には暴力も登場するし、嫌な人物も出てくるのですが、現実世界の嫌な事柄や事件を、非現実的な物語の世界に落とし込むことで、少なからず救いになっているのは確かだと思います。
それに、伊坂さんの作家としてのポリシーも、この言葉にこそあるのかな、と想像したりしました。


この作品は伊坂さんらしくないと言われることもあるようですが、伏線の張り方やせりふ回しはやっぱりいつもの伊坂節だなという気がします。
終盤で「猿の話」についての種明かしがされる辺りは、なるほどそういうことだったのね、と一見荒唐無稽なようでありながら、その裏でしっかりと伏線を張り巡らせている伊坂さんの周到さに感心しました。
個人的に面白いと思ったのは、会社で品質管理を担当し、ミスの原因を徹底究明する五十嵐真の話です。
ミスが起きた時に、何が悪かったのか因果関係を突き止めようと試みる、生真面目そうな彼の描写が面白く、また「何が本当の悪なのか」という問いは『あるキング』に書かれていたこととも共通するように思いました。
五十嵐が因果関係を解き明かそうと努力するものの、明確な答えは出ないままに終わるというのが何とも暗示的です。
結局、善も悪も紙一重、「きれい」も「汚い」も表裏一体…そういうことなのかもしれないなと思います。


作者のあとがきや解説を読むと、この作品はマンガ『SARU』とのコラボレーション的な作品でもあるとのことです。
マンガも読んだ方が作品の理解が深まるのかなと思いつつ、マンガにまで手を出す余裕があるかどうか…といったところです。
それなりに面白くは読めたけど、新年最初の読書としては、もう少しすっきりする話を読みたかったなというのも正直なところ。
☆4つ。