tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ペンギン・ハイウェイ』森見登美彦


小学四年生のぼくが住む郊外の町に突然ペンギンたちが現れた。この事件に歯科医院のお姉さんの不思議な力が関わっていることを知ったぼくは、その謎を研究することにした。未知と出会うことの驚きに満ちた長編小説。

今度の森見ワールドはSF+ファンタジー?
ペンギンはともかく、謎の物体や生き物が登場して、ちょっと不思議な世界でした。


主人公の「ぼく」ことアオヤマくんは、郊外の新興住宅地に住む小学4年生。
研究や観察や記録が大好きで、めきめきと頭角を現しています。
ある日、アオヤマくんの住む街の空き地に、突如としてペンギンたちが登場。
そのペンギンたちの出現には、アオヤマくんが大好きな歯科医院のお姉さんが関わっているらしい!?
アオヤマくんはペンギンとお姉さんについて研究することにしますが…。


いやあ、なんとも不思議な、形容しがたい世界観だなぁ。
突如として街中に出現してよちよち歩くペンギンの描写はかわいかったけど、他にもシロナガスクジラだとかジャバウォックだとか、実在する動物とそうでない生き物(?)が混在して登場します。
<海>と呼ばれる小型の地球のような不思議な物体も登場。
他にもペンギンエネルギーだとかペンギン・ハイウェイだとか、イメージできるようでイメージしにくいモチーフがたくさん出てきます。
森見さんの作品はいつも少々現実を逸脱してファンタジーの領域に片足を突っ込んでいるようなところがありますが、この作品はもう少しSF要素とファンタジー要素を多めに加えた感じ、でしょうか。
いまひとつ理解しづらいというか、そもそも理解しようと思ってはいけないのかもしれませんが、ちょっと独特の世界に入り込みづらいところがあると思いました。
ですが、海のイメージや宇宙のイメージは、アオヤマくんたち小学生の探検物語との相性がよく、少し神秘的で、ワクワクさせてくれる雰囲気が作り上げられていました。


小学4年生という主人公の年齢設定も、少し大人の世界への階段をのぼりかけという絶妙な設定でよかったと思います。
本を読んだり、大人たちといろんな話をしたりして、少しずつ世界のことが分かり始めてきた子どもたちが生き生きと描かれていました。
アオヤマくんは難しいこともいろいろ知っていて、頭もよいのですが、その分理屈っぽくて嫌味なところが鼻についたりもします。
でも、妙に大人びた部分があると思いきや、何とも子どもっぽいところもあって、大人の部分と子どもの部分が共存しているところが微笑ましくて、面白く読みました。
歯科医院のお姉さんや、アオヤマくんのお父さん、同級生のスズキくんやウチダくんやハマモトさんなど、他の登場人物もそれぞれの個性を発揮していい味を出しています。
子どもたちが街を探検し、不思議な出来事を観察し、研究する合間に、夏休みのプールや夏祭りの描写もあり、ノスタルジックな雰囲気もありました。
ラストの2行は何とも言えず切なかったけれど、まさにこのひと夏の経験が少年たちをまたひとつ大人に近づけたのだなぁと、切ないながらさわやかで清々しい読後感でした。


不思議な世界観を持つSFであり、ファンタジーであり、小学生の成長物語であり、淡い初恋物語でもあるこの作品。
SFとファンタジーの部分を素直に受け入れられるかで好き嫌いが分かれそうな作品ではありますが、なんとなく海の香りが漂ってきそうな、さわやかな物語です。
☆4つ。