tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『光媒の花』道尾秀介

光媒の花 (集英社文庫)

光媒の花 (集英社文庫)


認知症の母と暮らす男の、遠い夏の秘密。幼い兄妹が、小さな手で犯した罪。心の奥に押し込めた、哀しみに満ちた風景を暖かな光が包み込んでいく。儚く美しい全6章の連作群像劇。第23回山本周五郎賞受賞作

6つの章からなる連作短編集。
ひとつひとつの話がきれいにつながっていて、この本1冊で一つの世界ができあがっているような、そんな印象を持ちました。


道尾秀介さんの描く世界は、暗い影がどんよりと存在感を主張しているようなイメージがあります。
『カラスの親指』のように比較的明るいタッチの作品もありますが、それでもどこかに闇のイメージが張り付いて離れない部分がありました。
この連作短編集も闇を描いているのですが、闇と光がしっかり描き分けられていて、そのコントラストがとても印象的でした。
6つの物語にはどれも「罪」が描かれています。
殺人という大きな罪もあれば、犯罪ではないけれど罪悪感を覚えるような小さな罪もあります。
自らが犯した罪と、後悔とを心に押し込めて生きる人たちはみな哀しい存在に見えますが、光を求めて生きているのはどんな人間でもみな同じ。
光を求めて飛ぶ虫のようにさまよううちに、時に闇の奥深くへ踏み入ってしまうこともあるし、人工の光に騙されて方向感覚を失ってしまうこともあるけれど、人間はそのようにしてしか生きられない生き物なのだろうと思いました。


6つの短編はどの話も独特の空気感があって印象的でしたが、特に第五章の「風媒花」と第六章の「遠い光」が個人的には好きです。
「風媒花」は父の死をきっかけに母を避け始めた青年が、姉の病気をきっかけに母との関係を修復する糸口を見出していく話。
「遠い光」は小学校教員の女性とその教え子である女の子の話。
どちらも人間の心理の難しさや複雑な感情を描いた後に、ほのかな希望がやさしい日の光のように射し込んでくるラストが印象的で、じわじわとゆっくり心に沁みこんでくるような感動がありました。
特に「遠い光」の最後の方に出てくるこの言葉。

光ったり翳ったりしながら動いているこの世界を、わたしもあの蝶のように、高い場所から見てみたい気がした。すべてが流れ、つながり合い、いつも新しいこの世界を。どんな景色が見られるだろう。泣いている人、笑っている人、唇を噛んでいる人、大きな声で叫んでいる人―誰かの手を強く握っていたり、何かを大切に抱えていたり、空を見上げていたり、地面を真っ直ぐに睨んでいたり。


284ページ 11〜15行

語り手は小学校教員である女性で、彼女は子どもの頃からの夢を叶えて憧れの「女の先生」になったのですが、いくつかの壁にぶつかって「先生を辞める」という選択肢が頭をよぎり始めています。
でも彼女は複雑な家庭の事情を背負った生徒と向き合うことで、自分の理想通りではなくても、自分なりの「女の先生」のあり方を見出していきます。
人生も世界も同じで、光と影とをあわせもっているもの。
見失いそうになっていた光を取り戻す姿に希望を感じました。


光と影と、そしてその中に小さくてもしっかりと存在する花や草や虫といった自然の描写が、儚げで幻想的な世界を作り上げていて、おぞましさや悲しみや苦しみも描いているのになぜか居心地のいい雰囲気があるのが不思議でした。
しばらく余韻に浸っていたくなるような、魅力的な世界と物語。
☆4つ。