tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『シューマンの指』奥泉光

シューマンの指 (講談社文庫)

シューマンの指 (講談社文庫)


音大のピアノ科を目指していた私は、後輩の天才ピアニスト永嶺修人が語るシューマンの音楽に傾倒していく。浪人が決まった春休みの夜、高校の音楽室で修人が演奏する「幻想曲」を偶然耳にした直後、プールで女子高生が殺された。その後、指を切断したはずの修人が海外でピアノを弾いていたという噂が…。

ミステリとクラシック音楽が融合した小説としてミステリファンの間で話題になり、本屋大賞でも5位に選ばれた作品です。
あまり内容をよく知らないままに読み始めましたが、今まで読んできたミステリとはかなり趣が異なっていて、新鮮な読書になりました。


物語は音大でピアノを学び、その後医大に入り直して医師に転向した主人公の手記という形で語られます。
主人公の後輩である永嶺修人(まさと)は若き天才ピアニスト。
主人公は修人と音楽を語り合う親友でしたが、彼の演奏そのものは、その生涯でただ3度しか聴いたことがありませんでした。
そのうちの一度は、音大を目指して浪人中の春休みの夜に、高校の音楽室で聴いたシューマンの「幻想曲」でした。
その夜に起こった殺人事件とともに忘れられない記憶となった「幻想曲の夜」でしたが、その後ある事故により、修人は指を切断してピアニスト人生を断ち切られることになります。
ところが指を失ったはずの修人が海外でピアノを演奏していたという手紙が主人公のもとに届きます。
指を再生させたと冗談めかして語ったという修人は、本当に修人だったのでしょうか…?


この作品はミステリでも音楽小説でもありますが、もう一つ、青春小説としての側面も持っています。
主人公と修人が音楽論を戦わせつつ友情をはぐくんでゆき、そこに別の友人が現れて音楽仲間の輪が広がって…という、クラシック音楽の世界に魅せられた(ロックやフォークにも触れられていますが)十代の少年たちの青春が描かれているのです。
昭和50年代の話なので現代の中高生の生活とはちょっとかけ離れた部分もありますが、主人公が修人に抱く感情はこの年代の少年ならではかなと思いました。
ちょっと特殊な2人の関係は単なる友達の域を超えて、私などは最初主人公は女子なのかなと思ったくらいなのですが、少なくとも主人公の側には確実に修人に対する恋愛感情があると感じられます。
その「恋愛感情」がミステリ部分の謎解きにも関わってくるのは驚きでしたが、格調高い文章でつづられるシューマンに関する薀蓄や音楽論とは相性がよく、非常に芸術的で文学的なにおいのする作品だと思いました。


作者が特に熱を注いで書いたと思われるシューマン論については、正直言って私は半分も理解できたとは思えません。
普段クラシック音楽に関する文章を読む機会もないので、そういう意味では非常に新鮮でしたが、読んでシューマンを聴いてみたくなったというようなこともありませんでした。
文章で音楽を表すというのは難しいことだなと思いましたが、巻末の解説にはシューマンも音楽を文章で表現しようとしたり、またその逆を試みたりしていたと書かれており、作者もシューマンへの敬意を表して同じことをやってみようとした結果生まれたのがこの作品なのだなと理解しました。
この作品が書かれたのはシューマン生誕200年にあたる年だったそうで、作者のシューマンへの強い思いが感じられます。
そのような作品がミステリと融合することでエンタメとしての評価を獲得し、私のような芸術に疎い人間を含めたたくさんの人に読まれたことはとても意味のあることだったのではないかと思います。


ミステリとしてはネタバレになりそうなので詳しいことを書くのは避けますが、最初のどんでん返しには確かに驚きがありました。
物語の途中で謎だったところに関して、なるほどそういう伏線だったのかと腑に落ちた部分がいくつかありました。
そして最後のどんでん返しは…これは確かに賛否両論となるだろうな、と。
フェアでない、ずるいと言われれば確かにその通りですし。
でも、私はこれはこれで有りかなと思いました。
主人公の手記中、文章のところどころに感じていたかすかな違和感の正体が分かったと思ったからです。
そういう意味ではうまく計算されて、伏線をきっちりと潜ませた、完成度の高いミステリなのだと思います。
ちょっと想像していたのとは違った風味のミステリでしたが、こういうのもいいなと思えました。
☆4つ。
…そういえば、よく考えてみると2冊連続で指切断ネタのミステリを読んでるんだなぁ…。
次はもう少し気楽に読めるほのぼの系ミステリを読もうと思います。