tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ふがいない僕は空を見た』窪美澄

ふがいない僕は空を見た (新潮文庫)

ふがいない僕は空を見た (新潮文庫)


高校一年の斉藤くんは、年上の主婦と週に何度かセックスしている。やがて、彼女への気持ちが性欲だけではなくなってきたことに気づくのだが――。姑に不妊治療をせまられる女性。ぼけた祖母と二人で暮らす高校生。助産院を営みながら、女手一つで息子を育てる母親。それぞれが抱える生きることの痛みと喜びを鮮やかに写し取った連作長編。R-18文学賞大賞、山本周五郎賞W受賞作。

「女による女のためのR-18文学賞」受賞作である「ミクマリ」というタイトルの短編と、それに続く物語をそれぞれ別の人物の視点から描いた4つの短編とを収めた連作短編集です。
これが著者の窪美澄さんにとってデビュー作でありながら、いきなり山本周五郎賞受賞、本屋大賞2位という快挙。
そしてつい最近、2作目の長編『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞を受賞されたというニュースがあったばかり。
とにかく実力の高い大物新人作家であることは間違いがありません。


R-18文学賞」ですから、もちろんそういう描写は出てきます。
でも、エロティシズムだけを求めてこの作品を読むと、ちょっと当てが外れるかもしれません。
この作品に書かれているものには、もちろん「快楽」もあったけれど、でも圧倒的に「苦しみ」の方が多かったように思うのです。
読んでいてずっと、なんて哀しい話なんだろう…と思っていました。
「泣ける」とかそういうことではなくて、人として生まれてきたこと、そして生きていくことの苦しみや痛みがたくさん描かれていて、それが何とも言えず哀しいと感じたのです。
家族との関係、暴力、貧困、悪意、そして性。
人生がなかなか自分の思い通りにはならないのと同じように、性というのもままならないもので、時には暴走して不道徳と言われる道に走ってしまったり、犯罪行為になってしまったりもする。
そんなどうしようもない厄介なものを抱えて、それでもどうにかして生きていかなければならない人間という存在の脆さや哀しさに、胸が詰まりました。


個人的に一番ずっしりと胸に重く響いたのは、4つ目の話「セイタカアワダチソウの空」。
貧しさと、暴力と、祖母の老い…そうしたものを抱えた家庭に暮らす男子高校生の視点で語られています。
いや、家庭はもう崩壊状態。
ひとりの高校生にとってはあまりに過酷な状況に、読んでいて苦しくなります。
でも、どうしようもない状況に手を差し伸べてくれる人もちゃんと現れて、それだけは救いなのですが…。
なんだかとても重苦しくてやりきれないのに、読後感が悪くないのは、主人公の男子高校生が前向きさを見せているからでしょうか。
人生は苦しみも悲しみも多くてつらいけれど、それをありのまま受け入れて自分の力で打開していこうと決意する少年が頼もしく思えました。
また、不妊の主婦が姑から不妊治療を強要される「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」も強烈な印象を残す話でした。
主人公であるこの主婦がやったことは道徳的ではなく、夫を裏切ることでもあり、世間から嫌悪されたり責められたりしても仕方のないことかもしれないけれど、では嫁を子どもを産む道具としかみなさずに不妊治療を迫った姑の方はどうなのか、責められる対象ではないのか?と、その対比が哀しく感じられました。
最初の短編「ミクマリ」が快楽を描いていたのに対して、後に続く話がこんなにもつらくて痛くて悲しいのはなんだか不思議な感じもしましたが、性が命を生み出すものであり、その命はやがて必ず死に至る運命であることを考えると、快楽が苦しみにつながっていくのも当然かなという気もしました。


性も生も、はかなくて苦しい。
だけれども、生まれてきた命は、どんな命であってもまぎれもなく貴い。
そんなふうに思いました。
窪さんの作品はこれからも読んでいきたいです。
☆4つ。