tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『扉守 潮ノ道の旅人』光原百合

扉守 潮ノ道の旅人 (文春文庫)

扉守 潮ノ道の旅人 (文春文庫)


古い井戸から溢れだす水は“雁木亭”前の小路を水路に変え、月光に照らされ小舟が漕ぎ来る。この町に戻れなかった魂は懐かしき町と人を巡り夜明けに浄土へ旅立つ(「帰去来の井戸」)。瀬戸の海と山に囲まれた町でおこる小さな奇跡。柔らかな方言や日本の情景に心温まる幻想的な七篇。第一回広島本大賞受賞作。

日常系ミステリやファンタジー作品を得意とする光原百合さん。
今回は異世界ファンタジーではありませんが、ファンタジーの要素を取り入れた連作短編集です。
それだけではなく、妖怪やホラーやSFの要素まで入っていて、収録されている7つの話それぞれに違った雰囲気が楽しめました。


舞台となる「潮ノ道」という瀬戸内海に面した小さな街は、広島県尾道市をモデルにしています。
海があって、山があって、寺や神社が多く昔はこの地域の信仰の拠点として栄えたが、現在は若者の流出が問題となっている、静かな街。
細やかで丁寧な風景描写で、尾道に行ったことのない私でも、街の様子が頭の中にはっきりとしたイメージとして浮かんできました。
そして、この街にはしばしば不思議な出来事が起こります。
街から離れた場所で亡くなった人が帰ってきたり、誰も住んでいない古い家から畳をたたくような音が聞こえたり、ある少女の性格が突然別人のように変わってしまったり…。
ファンタジーだったりホラーだったりSFだったりと、怪事件の種類はいろいろですが、いずれも「人間ではないなにものか」が起こしていて、その正体はいまひとつよく分からない場合もありますが、こういう古い歴史を持つ小さな街にはそうした謎の存在が違和感なくなじむ気がするのが不思議です。


そしてそんな怪事件を解決するのもちょっと不思議な人々。
潮ノ道を訪れた旅の劇団や絵師やピアニスト&調律師…と旅芸人のような人が多いのが面白いです。
ちょっと浮世から離れた感じのする人々だけに、不思議な生き物(?)との相性もいいのでしょう。
収録作品すべてに登場する唯一の人物である了斎和尚も、とぼけた雰囲気が魅力的で、ところどころ笑わせてくれる憎めないキャラクターです。
ヨーダに似ているという容姿もイメージがしやすくて、不思議な事件や存在に関わる一風変わった人物でありながら、とても親しみが持てました。


収録作品の中で特に私が好きなのは「帰去来の井戸」と「ピアニシモより小さな祈り」かな。
どちらもちょっと切ない雰囲気がよかったです。
なんだかちょっとジブリ映画っぽいノスタルジックな雰囲気も全編を通して漂っていて、こういう「ちょっと不思議で、懐かしいような優しい話」が好きな私としてはどの話も読んでいてとても楽しかったです。
そして何より尾道に行ってみたくなりました。
もちろん現実の尾道の街でこんな不思議な事件が起こるわけではないですが、存分に尾道の魅力をアピールしていて、「広島本大賞」を受賞したというのも納得です。
登場人物の方言もいいですね。
☆4つ。