tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『魔性の子』小野不由美

魔性の子 十二国記 (新潮文庫)

魔性の子 十二国記 (新潮文庫)


どこにも、僕のいる場所はない──教育実習のため母校に戻った広瀬は、高里という生徒が気に掛かる。周囲に馴染まぬ姿が過ぎし日の自分に重なった。彼を虐(いじ)めた者が不慮の事故に遭うため、「高里は祟(たた)る」と恐れられていたが、彼を取り巻く謎は、“神隠し”を体験したことに関わっているのか。広瀬が庇おうとするなか、更なる惨劇が。心に潜む暗部が繙(ひもと)かれる、「十二国記」戦慄の序章。

十二国記シリーズは今までいろんな人から薦められていたのですが、なかなか読む機会がありませんでした。
今回新潮文庫から新作を含む完全版が刊行開始というニュースを聞いて、これはいよいよ読む機会が来たのではないかと思いました。
すっかり遅れをとってしまいましたが、今からシリーズを追いかけ始めることができるのは、ある意味幸せなことではないかと思っています。
これからまだまだ楽しみが待っているということですから。


魔性の子』は十二国記シリーズ番外編にあたるようで、シリーズ本編を先に読むか、こちらを先に読むかは、ファンの間でも意見が分かれるところだという話を目にしました。
この新潮文庫の完全版では「エピソード0(ゼロ)」という位置付けがされたようなので、とりあえずこちらから読んでみることに。


主人公の広瀬は、教育実習のために母校の私立高校へ戻ってきます。
そこで出会ったのは、孤独な生徒・高里でした。
彼には小学生の頃に神隠しに遭い、その1年間の記憶を失っているという奇妙な過去がありました。
そして、彼をいじめたり攻撃した者が次々に謎の事故に遭い始めます。
「高里は祟る」と周囲に恐れられ、疎まれて、高里はますます孤立を深めていきますが、広瀬はそんな高里を見捨てる気になれないのでした。
やがて、高里の周りで人ではない「何か」の気配が強くなっていき…。


序盤は普通でない過去を持つ、不思議な少年という印象の高里。
彼の周囲で起こる出来事は次第にエスカレートしていき、どんどん凄惨さを増していきます。
それに伴って徐々に姿を現し始める、人ではない獣のような幽霊のような、不気味で恐ろしい存在たち。
おどろおどろしい描写もあいまって、一体何が起こっているのか、この惨劇はいつまで続くのかと、読んでいる方もドキドキして、時に背筋が寒くなるような感覚を味わいました。
さすがホラーの名手、小野不由美さん。
とはいえ、そうした悲劇を起こしているのが、異世界の何かだということが分かり始めると、徐々にファンタジーの色合いが濃くなっていくので、ホラーがあまり好きではない私にも、怖すぎることはありませんでした。
ただ、その異世界のことについて、あまり詳しくはこの作品の中では語られません。
謎が残った部分もありますが、それについては今後の十二国記シリーズを読んでいくうちに分かってくるのでしょう。
シリーズ本編を読み始めるのが楽しみになり、やはり本作から読んでよかったなと思いました。


こういう異世界ファンタジーものではよくあることですが、謎の生き物(?)や謎の出来事以上に恐ろしく感じられるのは、「人間」でした。
高里の周囲で起こる出来事は確かに恐ろしいのですが、そのことに対する周りの人々の反応には、人間の身勝手さや愚かさがよく表れています。
ただ怖がる者、無視しようとする者、排除しようとする者、攻撃しようとする者、擦り寄ろうとする者…。
高里の周りで起こる事故自体は偶発的(に見える)ものが多く、冷静に考えれば「祟る」などということを本気で信じるのは馬鹿げていることなのに、それでも高里を異質なものとみなして特別視する人間たち。
その姿や言動は決して気持ちのいいものではなく、卑しく汚いもののように感じられました。
作中にも次のような言葉が出てきて、強く印象に残っています。

人が人を思う情愛は貴いもののはずなのに、その裏側にはこれほど醜いものが存在する。人が人として生きていくことは、それ自体がこんなに汚い。


256ページ 10〜11行目より

私は性善説論者ですが、本来人が持つ善の性質の裏側に隠された悪の存在を厳しく指摘する文章に、軽く衝撃を受けました。
獣とは違い、正義だの道徳だの価値観だのといった人間のみが持つ思考に複雑に縛られる人間は、それゆえに卑しくも汚くもある。
そのことをどうしようもない真実として突き付けられて、ぞっとするような気持ちを味わいました。


序章ゆえに、物語としてはまだまだ物足りない、もっと読みたいと思わせる作品です。
これからいよいよ十二国記シリーズ本編を読み始めます。
どっぷりと作品世界に浸れるといいな。
☆4つ。