tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ラブコメ今昔』有川浩

ラブコメ今昔 (角川文庫)

ラブコメ今昔 (角川文庫)


「自衛隊員の皆さんに恋愛や結婚の経験談を語ってもらいたいんです」。二等陸佐・今村和久の前に現れたのは、隊内紙の記者の元気娘・矢部千尋二等陸尉。訊けば、夫婦の馴れ初めを、コラムに掲載したいというのだが!?「みっともない」と逃げる今村、ねばる千尋。一歩もひかない攻防戦の顛末は―!?様々な思いが交錯する、自衛隊員の結婚を綴った表題作を含む、十人十色の恋模様6編を収録した、国を守る男女の本気印恋愛百景。

甘〜いラブコメは、なぜか定期的に読みたくなります。
基本的には切ない系の話の方が好きなのですが、甘甘で突っ走ってるのも時々はいいな、と。
でも有川さんのラブコメは、甘いだけじゃなくちゃんと苦かったり辛かったりする現実もきちんと描いてあるので、時々でなくしょっちゅうでも大丈夫なんじゃないかと思えるのがいいところです。


タイトルにもバッチリ「ラブコメ」と入っていて、甘いもの好きな読者の期待を裏切らない短編集ですが、普通のラブコメとちょっと違うのは、舞台が自衛隊であるというところです。
最近は災害時の救助活動などで活躍が報じられ、その評価は以前に比べると上がっているのではないかと思いますが、それでも嫌いな人は嫌いでしょうし、不祥事や何かがあると厳しい批判の目が注がれることは免れない。
自衛官とはそういう微妙な立場の職業です。
でも、だからこそ意外とラブコメとの相性がいいのかもしれません。
何しろ今の日本に命がけの仕事をしているような人はそうたくさんはいませんし、規律の厳しさも、訓練の過酷さも、業務に対して求められる覚悟や心構えの重さも、他には類を見ない職業でしょう。
鍛え上げられた肉体、「国を守る」という想いの強さ…女性から見ると、やっぱり「かっこいい」と思ってしまいますね。
男性的な強さがこれほど求められる職業もないわけですから。
さらに、有事の際には危険な場所で危険な任務に就かなくてはなりません。
有事でなくても、訓練中の事故などもあり得ます。
危険ではなくても、海上自衛隊員で潜水艦に乗るような人だと、何か月もの長期にわたって陸から離れることもあります。
そういう「いつ会えなくなるかわからない」というシチュエーションも、恋愛が盛り上がる要素の一つになると思います。
自衛官だって、任務を離れれば普通の若者。
危険な職業だからこそ、心のよりどころとしての恋愛や結婚は大事だろうなと思います。


有川さんはかなりの自衛隊好きで、自分の趣味が高じて取材にも力が入っているのだろうなというのは想像できますが、決してただの「自衛隊ってかっこいいよね」というミーハーで終わっていないところが素晴らしいと思います。
自衛官が直面する厳しい現実から決して目をそらしていません。
どんなに男性としてかっこいい人であっても、実際に自衛官とお付き合いをしたり結婚したりするとなると、甘いばかりではなく、かなりシビアな覚悟が必要だと思います。
私の友達の友達にも海上自衛隊員の奥さんがいますが、旦那さんは1年の大半を任務で不在にしているので、子どもを作ることは最初からあきらめていると聞きました。
それと似たような話が、この短編集の中でも何度か繰り返し語られています。
自衛官の想いも、覚悟も、びしびしと各話から伝わってきて、特に「軍事とオタクと彼」と「秘め事」では思わず泣きそうになったほどでした。
有川さんの自衛官への尊敬の気持ちがこもっていると思いました。
甘い恋愛話でキュンとさせられ、その一方で現実を目の前に突き付けられて考えさせられる。
その絶妙なバランスの取り具合がさすがです。


個人的には前作(?)の『クジラの彼』よりもこちらの方が好きでした。
自衛隊に対する理解も深まったような気がしますし、もちろんラブコメとしてもとても面白かったです。
大満足の☆5つ。