tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『贖罪』湊かなえ

贖罪 (双葉文庫)

贖罪 (双葉文庫)


15年前、静かな田舎町でひとりの女児が殺害された。直前まで一緒に遊んでいた四人の女の子は、犯人と思われる男と言葉を交わしていたものの、なぜか顔が思い出せず、事件は迷宮入りとなる。娘を喪った母親は彼女たちに言った──あなたたちを絶対に許さない。必ず犯人を見つけなさい。それができないのなら、わたしが納得できる償いをしなさい、と。十字架を背負わされたまま成長した四人に降りかかる、悲劇の連鎖の結末は!?〈特別収録〉黒沢清監督インタビュー。

いや〜、相変わらずの鬱展開。
でも、読後感は決してよいとは言えないのに、湊さんの作品はなぜか読まされてしまうんですよね。
文章が読みやすいのと、物語の展開の仕方がうまくて、先が気になってしょうがなくなるからでしょうか。
この作品もいったいどういう方向へ転がっていくのかと気になって気になって、ほぼ一気読みでした。


「日本一空気がきれい」であることが売りの、とある田舎町。
東京から引っ越してきた小学生・エミリが、作業着を着た男に連れ去られ、殺害されます。
その直前まで一緒に遊んでいた4人の少女たちは、犯人の顔を思い出せず、数年たっても犯人は捕まらないままでした。
そして13歳になった彼女たちに、エミリの母・麻子は、「時効までに犯人を見つけなさい。それができなければ私が納得のいく償いをしなさい。さもなければ私はあなたたちに復讐します」と告げます。
何の罪も犯していないはずの4人の少女たちにとって、その言葉は呪縛となり、やがて恐ろしい悲劇の連鎖を引き起こします――。


「贖罪」を求められる4人の少女たちは、エミリ殺しという事件に巻き込まれさえしなければ、本当に普通の小学生の女の子たちでした。
ところが、エミリの母親のたった一言によって、その人生は大きく狂わされていきます。
小学生だった4人は、ある意味事件の被害者と言ってもいいはずなのに、なぜか犯してもいない罪の償いを求められてしまうという理不尽な状況に追い込まれます。
最愛の一人娘を殺されたエミリの母・麻子が、まともにものも考えられないほどのショックを受けたというのは理解できなくはありませんが、最後の章まで読むと、実は事件以前から自己中心的な考え方をしてきた人物であり、過去にはかなりひどいこともやっていて、しかもそのことにそれほど罪悪感も持たずに生きてきたのだということが分かります。
そういう人物だからこそ4人の少女たちの人生を狂わせるような発言が出てきたのだろうと思い、同時にタイトルの「贖罪」の本当の意味も分かったように思いました。
「贖罪」とは、誰にとっての、何に対してのものだったのか…。
最初の4章では「贖罪」を背負わされた4人の少女たちの一人称でそれぞれ語られており、麻子は名前が出てくるだけの人物にすぎません。
でも、本当はこの作品の主人公は麻子その人だったのだと、最終章まで読んで初めてそれが分かります。
この物語は、麻子という一人の女性の歪んだ生き方を描いた物語だったのです。
その構成が見事で、すごいなと思いました。


4人の少女たちがそれぞれ最悪の結末に向かっていく展開も、スリルがあって非常に読ませるものでした。
いろんな人物たちが登場して、中にはどうしようもなくひどい最低の人間も出てきます。
そういう人間と関わってしまったことが彼女たちにとって悲劇なのであり、それには麻子の呪縛となった言葉は関係ないようにも思われますが、陰で麻子の影響力が感じられるところがこの4人の物語の怖いところです。
「言霊」とでも言うのでしょうか。
麻子の言葉を真に受けて、恐怖のあまり心身に変調を来してしまった子、逆にその言葉を反動に努力を重ねた子、麻子の言葉というよりは、事件後の周囲の対応によって傷ついた子…。
4者4様の反応ですが、そのどれもにリアリティがあり、それらの反応がやがてある出来事や人物と結びついてまた新たな事件を引き起こすという筋書きには、怖いくらいの説得力がありました。
「こんなことあるわけないよ」と思いながらも、どこかで完全に荒唐無稽な作り話だとは思えない部分があるから、読んでいて怖さも嫌悪も感じるのでしょう。
犯罪とまではいかなくても、自分より恵まれた人間に嫉妬したり、よそ者に冷たく理解のない田舎気質だったり、そういう人間ならだれでも持っている闇の部分をもしっかり描いているところも、この作品の怖いところです。


湊さんの、罪に突っ走っていく女性たちの闇を描く巧みなうまさを再認識させられた作品でした。
映像化されたのも納得の、背筋に寒気が走るようなサスペンスです。
☆4つ。