tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『天地明察』冲方丁

天地明察(上) (角川文庫)

天地明察(上) (角川文庫)


天地明察(下) (角川文庫)

天地明察(下) (角川文庫)


徳川四代将軍家綱の治世、ある「プロジェクト」が立ちあがる。即ち、日本独自の暦を作り上げること。当時使われていた暦・宣明暦は正確さを失い、ずれが生じ始めていた。改暦の実行者として選ばれたのは渋川春海。碁打ちの名門に生まれた春海は己の境遇に飽き、算術に生き甲斐を見出していた。彼と「天」との壮絶な勝負が今、幕開く――。
日本文化を変えた大計画をみずみずしくも重厚に描いた傑作時代小説。第7回本屋大賞受賞作。

一昨年の本屋大賞受賞作。
そのほかにも吉川英治文学新人賞をはじめとしたいくつもの賞を受賞し、今年の9月には岡田准一さん&宮崎あおいさん主演で映画化という、言わずと知れたベストセラーです。
各界から高い評価を受けている作品ですから面白くないわけがないのですが、期待通りの面白さで満足させてくれました。


碁打ちの家系に生まれた二代目安井算哲、またの名を渋川春海
本職である碁に情熱を見いだせない彼が夢中になったのは、算術や天文学でした。
算術に夢中になり研鑽を積むうちに、その才能を保科正行や酒井忠清徳川光圀ら錚々たる面々に見込まれ、やがて初の日本独自の暦作りという一大事業に取り掛かることになります。
しかしその道のりは、困難と挫折の連続でした――。


まず何と言っても春海のキャラクターがいいですね。
史実をもとにした時代小説で、しかも扱う内容が算術に天文学に暦学に…と小難しいのですが、春海のキャラクターのユニークさがこの小説をエンターテインメントとしてとっつきやすいものにしています。
才能ある人物でありながら、本人はマイペースというのかちょっと抜けたところもあって、ヒロイン(?)のえんには怒られてばかりだし、偉い人の前では緊張してすくみ上がっているし、となかなか親しみが持てる性格付けがなされています。
特に若い頃の春海の描写には微笑ましい描写が多く、とても楽しい気持ちで読めました。
春海にとって頭の上がらない存在である"えん"や、憧れの算術家・関孝和ら、周りの人々も、とても魅力的な人物として描かれています。
たくさんの人々とのかかわりを通して、失敗もたくさんしながら、やがて一大事業を成し遂げる大人物に成長していく春海の姿がすがすがしく、とてもさわやかでした。


また、春海の生きざまや、この作品の舞台である徳川家綱の治世の政治や文化など、今の世においても参考となる部分がたくさんあるのではないかと思えました。
日本独自の暦の制定という、かつて誰も行ったことのない、日本の国全体に大きな影響を及ぼす大変な事業ですから、もちろん簡単に事が運んだわけがありません。
壁にぶつかったり、人々からの批判や誹謗中傷、無理解に苦しんだり、大きな過ちを犯したり、大切な人たちとの悲しい別れがあったり…。
それでも春海は、試行錯誤を繰り返し、あらゆる根回しをし、必要な知識や技能を持っている人々に助けを請い、失敗の原因を突き止め、ひとつひとつ困難を乗り越えて着実に目標に近づいていきます。
膨大な時間がかかり、時には完全に事業自体がストップしたりもしながら、それでも最終的に目標を達成できたのは、できる限りの努力を積み重ね、時には遠回りもしながら地道に進んでいったからでしょう。
それはあたりまえのことのようでいて、実際にはなかなかできないことなのではないかと思います。
焦るあまりに下手な近道をしようとしたり、失敗を反省せず原因究明も放置して自滅する人も多いのではないでしょうか。
困難な課題に直面した時こそ、愚直に地道にやれることをやる。
それが一番大事なのだと教えられた気がしました。
戦国時代から泰平の世への転換期という、一番難しい時代を乗り越えて徳川幕府が15代将軍まで続く長い天下を誇ったのも、この時代に春海をはじめとする優秀な人材がたくさん輩出して、新たな時代作りを支えたからこそなのだなと感じました。
自分の国がどのような歴史をたどって今の世があるのか、それを知っておくのはとても大切なことだと思います。


ちょっと淡々としすぎているような気がしないでもなかったですが、これは史実をもとにした歴史小説だからということもあるのでしょう。
一人の偉大な日本人の生きざまに、学ぶところの多い作品だと思いました。
☆5つ。