tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『追想五断章』米澤穂信

追想五断章 (集英社文庫)

追想五断章 (集英社文庫)


大学を休学し、伯父の古書店に居候する菅生芳光は、ある女性から、死んだ父親が書いた五つの「結末のない物語」を探して欲しい、という依頼を受ける。調査を進めるうちに、故人が20年以上前の未解決事件「アントワープの銃声」の容疑者だったことがわかり―。五つの物語に秘められた真実とは?青春去りし後の人間の光と陰を描き出す、米澤穂信の新境地。精緻きわまる大人の本格ミステリ。

最近ブラックな方向に行きがち?な米澤穂信さん。
ブラックな話も嫌いではないのですが、この作品がブラックじゃなかったことにちょっとホッとしたのも事実です。
青春小説と言っていいほどのさわやかさはないのですが、結末の切なさというかほろ苦さは、米澤さんの書く青春ミステリに通じるものでした。


伯父が営む古書店に居候兼アルバイトとして住む芳光は、ある事情により大学を休学中。
復学するためにお金を必要としていたところに、古書店にやってきた客の女性・可南子から、亡くなった父親が生前に遺した5つの掌編を探し出すという仕事を引き受けることになります。
その5つの物語は、すべてが「リドル・ストーリー」と呼ばれる、結末を読者にゆだねるタイプの小説でした。
故人がそれぞれ別々の人に送ったそれらの物語を集めていくうちに、過去にその故人が関わったある事件の真相が浮かび上がってきますが…。


なんだか私って、本当に古書店を舞台にしたミステリが好きなんだな、という感じですね。
今年に入ってからだけでも、一体何作品読んでるんだか…。
自分自身が古書店に行くことは、最近はほとんどないのですが、本がたくさんあって、本好きな人たちが集まる場所というのが好きなのです。
要するに、古書店じゃなくても、新刊書店でも図書館でも本がある場所ならどこでもよいのですが。
ただこの作品においては、古書店が舞台のミステリとはちょっと言い難いかもしれません。
たまたま主人公が古書店に居候していて、だからこそ「行方の分からない短編小説を探し出してほしい」というような依頼を受けることにもなったわけですが、謎解きそのものは古書店の外の世界で繰り広げられます。
謎そのものも古書店とはあまり関係がありません。
その辺りが「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズや「東京バンドワゴン」シリーズとは違うところですね。


でも、謎の中心になっているのが短編小説であり、実際にその掌編が作中作として読めるところは、本好きにとってはうれしい趣向でした。
惜しむらくは、その5つの「断章」が、作中でも主人公が指摘している通り、あまり面白いとは言えない点でしょうか。
リドル・ストーリーの面白さが主眼の作品ではないということでしょう。
むしろ、断章を探し出す過程で可南子の父親の人生や人となりが少しずつ明らかになっていくところや、5つの物語がなぜ書かれ、なぜ別々の人物のもとへ送られたのか、そして物語がすべて揃うことによって明らかになる過去の未解決事件の真相が浮かび上がってくるのがこの作品の読みどころです。
伏線を丁寧に物語に織り込み、少しずつ真相を明らかにしていって、最後に思いがけない事実が分かる。
この辺りは米澤さんの得意とするところで、さすがだなと思わされました。
大きなどんでん返しや驚きがあるわけではありませんが、巧みな構成と読後の余韻が魅力です。
淡々とした、ちょっと暗い雰囲気も古書店のイメージに合っていて、好きな人は存分に浸ることのできる世界観だと思います。


ボリュームの割には作中作のおかげか読みごたえがありました。
米澤さんのミステリはこうした大人向けの本格志向のものも好きですが、でもやっぱりライトな青春ミステリが本領発揮であるような気がします。
早く「古典部」シリーズと「小市民」シリーズの続編を読みたいな。
☆4つ。