tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『WILL』本多孝好

WILL (集英社文庫)

WILL (集英社文庫)


11年前に両親を事故で亡くし、家業の葬儀店を継いだ森野。29歳になった現在も、寂れた商店街の片隅で店を続けている。葬儀の直後に届けられた死者からのメッセージ。自分を喪主に葬儀のやり直しを要求する女。老女のもとに通う、夫の生まれ変わりだという少年―死者たちは何を語ろうとし、残された者は何を思うのか。ベストセラー『MOMENT』から7年、やわらかな感動に包まれる連作集。

『MOMENT』の姉妹編ということですが、私は詳しい内容をすっかり忘れていました。
けっこう面白く読んだということだけは覚えていたのですが…。
7年も経っていれば覚えていなくても許されるでしょうか。
ただ、内容を覚えていなくても、この作品は十分に楽しめました。


主人公の森野は、高校3年生の時に事故で両親を亡くし、それ以来その両親が遺した葬儀店を継いで、若き女社長として切り盛りしています。
とはいえ、古びた商店街の中にある小さな葬儀店では、はやっているとは言いがたく、暇を持て余す日が続いています。
それでも、さまざまな人々と商売を通じて知り合い、関わることになります。
彼ら・彼女らからは、時折不思議な話が持ち込まれ、森野はそこに隠された死者たちの想いを探るため、謎解きをすることに。
探偵としてではなく、あくまでも葬儀屋として、死者たちの魂を解放するために…。


葬儀屋を舞台にした「日常の謎」系連作短編集、といったところでしょうか。
今までさまざまな日常ミステリを読んできましたが、葬儀屋が舞台というのはとても新鮮でした。
当然、持ち込まれる謎は死者が絡むものばかり。
そのため、日常ミステリとしては少し重めの印象です。
けれども、そこは登場人物たちの軽妙なやり取りや、主人公・森野と幼なじみ・神田の微妙な恋愛関係がアクセントになって、物語が重くなりすぎるのを防いでいます。
森野の両親が存命中だった頃からの忠実なる従業員・竹井や、演歌の精神を大事にするバイトのバンドマン・桑田、それに同じ商店街の面々など、なかなか個性的な人物が登場し、彼らと森野とのやり取りが面白くて、時に笑わされました。
神田との関係もとてもいいですね。
森野のことをとても好きで、でも大事に思っているからこそ、強引に踏み込んでいくことはなく、ただひたすら遠い外国の地で森野を待ち続けている神田。
その神田に対して、ありがたいと思う気持ちと、あまり優しくしすぎないでほしいと思う気持ちとが複雑に交差する森野の心情はよく分かる気がしました。


謎解き自体も死者たちと遺された者たちとの想いが交錯して切ないですが、両親を亡くした森野の想いもまた切ないです。
切ないながらもラストは優しくあたたかで、思わず涙が出ました。
死者たちと遺族たちの想いを解放するための謎解きを通して、森野自身の想いも解放され、救われたのだと思います。
とても優しくて、切なくて、あたたかい物語でした。
☆4つ。