tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『捨て猫という名前の猫』樋口有介

捨て猫という名前の猫 (創元推理文庫)

捨て猫という名前の猫 (創元推理文庫)


「秋川瑠璃は自殺じゃない。そのことを柚木草平に調べさせろ」とある一本の電話から、哀しい事件は動き出した―。場末のビルの屋上からひっそりと身を投げた女子中学生の事件へと柚木を深く導く“野良猫”の存在。そして亡くなった少女の母親、彼女の通っていたアクセサリーショップの経営者など、柚木が訪ねる事件関係者はいつも美女ばかり。「柚木草平シリーズ」最高傑作。

柚木草平シリーズ、久々の長編です。
柚木はもちろんのこと、別居中の妻・知子や娘の加奈子、交際相手の冴子に担当編集者の直海、山川刑事にオカマバーのマスターなどなど、オールスター総出演で、シリーズを通しての読者にはおなじみの人物たちとの再会がうれしい作品です。


久しぶりに執筆された新作であるこの作品で、柚木たちの年齢は変わらないまま時代は現代に移りました。
柚木もパソコンやインターネットと無縁で、いまだに手書きで原稿を書いてはいますが、さすがに携帯を所持するようになりました。
ですが、このシリーズの雰囲気や柚木の性格や生き方などは全く変わりがありません。
相変わらず柚木は金欠で、記事を書くために事件を追いかければ行く先々で美しい女性たちに出会い、あっちへフラフラ、こっちへフラフラしています。
知子や加奈子に直海といった身近の手ごわい女性たちに言い負かされてたじたじとなるのも変わっていません。
厭世的で自嘲的な柚木の語り口も同じです。
そして、こんがらがった人間関係を紐解いていくと、切なくて腹立たしくて、やりきれない真相が明らかになるという事件の構成も、これまでのシリーズ作品に共通するものです。


こう書くとマンネリ化しているようにも取れますが、シリーズものとしてはそれで正しくて、特に柚木草平シリーズに関してはこの変わらなさこそが持ち味なのだと思います。
時代が変わって、世相も変わっても、人間は相変わらず業の深い生き物なのだなと思わずにはいられません。
ある女子中学生が自殺したという、ただそれだけのはずだった事件は、思わぬ展開を経て大事件へと発展します。
その中で明らかになる、人間の欲望の醜さや残酷さには暗澹とした気分になりますし、そうしたものの犠牲になった少女たちの運命にはやるせなさを感じます。
この作品には何組かの親子が登場しますが、その親子関係の希薄さがなんとも印象的です。
柚木自身も妻と別居中で、娘の加奈子とも離れて暮らしていますが、それなりに親子の関係は良好に保ち続けているだけに、余計に事件の中に登場する親子関係の破綻具合が切なく感じられます。
人間関係が希薄になった現代社会、などとよく言われますが、その希薄さが人間の本質的な冷酷さと結びついた時に悲しい事件が起こる、という部分はどんな時代でも変わらないのかもしれないなと思いました。


柚木と女性たちとのやり取りの軽妙さも相変わらず楽しかったです。
本書のラストで登場する、柚木にとっては事件よりも厄介であろう謎は、この先解かれることになるのでしょうか。
☆4つ。