tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『狐火の家』貴志祐介

狐火の家 (角川文庫)

狐火の家 (角川文庫)


長野県の旧家で、中学3年の長女が殺害されるという事件が発生。突き飛ばされて柱に頭をぶつけ、脳内出血を起こしたのが死因と思われた。現場は、築100年は経つ古い日本家屋。玄関は内側から鍵がかけられ、完全な密室状態。第一発見者の父が容疑者となるが…(「狐火の家」)。表題作ほか計4編を収録。防犯コンサルタント(本職は泥棒?)榎本と、美人弁護士・純子のコンビが究極の密室トリックに挑む、防犯探偵シリーズ、第2弾。

防犯コンサルタントの榎本と、弁護士の純子の凸凹コンビが密室殺人事件の謎を解くシリーズ第2弾です。
前作『硝子のハンマー』がなかなか面白かったので、続編が出たら読もうと思っていたのに、文庫化されていたのに気付かず、たまたま書店で見つけてようやく読むことができました。


『硝子のハンマー』は長編でしたが、今回は短編集。
そのためか重厚感には欠けますが、非常に読みやすくなっていると思います。
元々このシリーズは、この作者にしてはユーモアが効いていて読みやすい方だと思いますが。
特に主人公2人の人物造形と、2人の掛け合いが面白いです。
まず探偵役の榎本ですが、防犯コンサルタントを名乗り、防犯ショップの店長を務めている一方で、発言の端々から「実は本業は泥棒なのでは?」という疑惑が浮かぶ、謎の多い人物です。
ミステリの探偵役が実は犯罪者って!
…いや、もちろん探偵役が犯人というオチのミステリはありますが、そういうのとはまた違います。
しかも泥棒のわりにはなぜか警察とのコネクションもあるらしい。
どうにもよく分からない、不気味な存在感のある探偵役です。
シリーズが進むにつれて、この謎も解明されるのでしょうか。
今後に期待というところです。


そして榎本に事件解決を依頼する役どころであり、自分でも推理をしてみるのが弁護士の青砥純子。
自分で自分のことを美人と考えていたり(実際に美人のようですが)、なぜか密室殺人事件にばかり遭遇してしまう不運な人物であったりと、「美人弁護士」という言葉の響きから連想されるようなとっつきにくさはあまりなく、人間くさくて好感の持てる人物です。
突拍子もない迷推理を披露して榎本に呆れられるところなど、ついつい肩を持ってあげたくなってしまいます。


この純子と榎本の組み合わせが、妙に味があって面白いのです。
真剣に事件を推理する議論の会話でさえ、どこかおかしみが漂っていて、なんとなく笑えてきます。
2人とも正義感から謎を解くタイプではないというのも理由の一つだと思いますが、あまり緊張感のない、軽妙に読めるミステリで、こういうのも悪くないなと思わせてくれるシリーズなのです。


本書には4編の短編が収められていますが、そのどれもが密室事件を扱っており、ここまで密室に特化しているミステリシリーズも珍しいのではないかと思います。
表題作の「狐火の家」では田舎の旧家全体が大きな密室として登場します。
2話目の「黒い牙」はワンルームマンションの1室が密室となり、3話目の「盤端の迷宮」ではホテルの1室、4話目の「犬のみぞ知る Dog knows」は東京郊外の一軒家全体が密室状態になります。
一口に密室といっても、いろいろなタイプが登場するので飽きることがありません。
ただ、謎解きの焦点は密室トリックがメインではないものもあります。
「黒い牙」は殺害方法が一番大きな謎でしたが、その真相には驚かされました。
ちょっと現実離れしているというか…そこまでやるかというか…想像してみるとなかなかに気持ち悪くて、ちょっと後味の悪い話でした。
個人的には将棋界を舞台にした「盤端の迷宮」が一番面白かったです。
漫画『3月のライオン』を読んで多少将棋界のことが分かるようになったので、将棋界が舞台という設定を生かしたトリックも犯人の追い詰め方もなるほどなぁと思いました。
ラストの「犬のみぞ知る」は最近流行りの(?)ユーモアミステリでしょうか。
登場人物が曲者揃いで思わず笑ってしまいました。


読み応えという点では長編の1作目には劣りますが、シリーズものとしては密室トリックへのこだわりと主人公コンビのやり取りの面白さがさらに磨かれてきた感じがします。
3作目もすでに刊行されているので、この先も続きを読む楽しみが待っていると思うとうれしいです。
☆4つ。