tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『おさがしの本は』門井慶喜

おさがしの本は (光文社文庫)

おさがしの本は (光文社文庫)


和久山隆彦の職場は図書館のレファレンス・カウンター。利用者の依頼で本を探し出すのが仕事だ。だが、行政や利用者への不満から、無力感に苛まれる日々を送っていた。ある日、財政難による図書館廃止が噂され、和久山の心に仕事への情熱が再びわき上がってくる…。様々な本を探索するうちに、その豊かな世界に改めて気づいた青年が再生していく連作短編集。

初めて読む作家さんです。
題材に惹かれて手に取りました…というのはわざわざ説明しなくても、私の趣味や好みをご存知の方ならお分かりになることと思います。
本、図書館、そして謎解き。
この3つが絡む物語にはやはり魅力を感じます。


とある地方都市、N市の市立図書館でレファレンス業務を担当している隆彦。
図書館での勤務は7年となり、公的機関なのに天下り先のような位置づけしか獲得できず、利用者にも飲み物の出ない喫茶店のようにしか思われていない市立図書館の現実にすっかり嫌気が差し、仕事への情熱を失って、いかにも「ザ・お役所対応」といった四角四面な対応しかできなくなってしまっています。
女子大生のレポート作成を手伝ったり、初老男性の子どもの頃の思い出の本を探したりといった日常業務をこなす隆彦に突然降りかかってきたのは、財政難に伴う図書館廃止論でした。
彼は再び仕事への情熱を取り戻し、何とか図書館廃止を食い止めようとしますが…。


図書館の日常業務はミステリの謎解きに似ている。
先日読んだ森谷明子さんの『れんげ野原のまんなかで』も、そこに着想を得た興味深い連作短編集でした。
そういう意味ではこの作品もよく似ていますが、こちらはよりレファレンス業務に焦点を当て、さらには図書館の存在意義そのものを論じるところにまで踏み込んでいるのが面白いです。
レファレンス業務…要するに調べ物ですね。
調べ物はなかなか面倒くさい作業でもありますが、その一方で実に面白い作業でもあります。
ほんのわずかな糸口から求めていた答えが見つかった瞬間というのは快感ですし、さまざまな手がかりを積み上げて解答を導き出すという時間のかかる作業も、そういうのが苦にならない人というのはけっこういるものです。
大学生がレポートや論文を書いたり、社会人がプレゼン資料を作成したりなど、実は誰もが一度くらいは経験していることでもあり、綿密な調査や研究の末に満足の行く文章や資料を作成できた達成感も、誰もが一度くらいは味わっているのではないでしょうか。
そんな「調べ物の面白さ」をそのままミステリ風に仕立て上げたのがこの作品です。
調べ物の題材には学術的な内容も含まれ、専門的な書籍名も多数登場し、それらにまつわる薀蓄も満載で、一見とっつきにくく難しそうに感じられますが、実際の調べ物・謎解きの過程は先に述べたように誰もが経験しているものなので、意外にすんなりと、実感を伴うものとしてレファレンス業務の魅力が伝わってきました。


それから、この作品のもう一つの視点、図書館存在の意義について書かれている部分も興味深かったです。
現在の日本の地方都市の多くが、多かれ少なかれ作中のN市と同じような状況に直面しているはずだと思います。
福祉や医療面の施策が財政難のために十分でない状況で、図書館に少なくない予算が投じられてよいのかという疑問はある意味もっともですし、実際にそうした理屈の上に図書館廃止論が出ている自治体があったとしても驚くことではないと思います。
私の住む市にはそもそも元から図書館がありませんし、隣の市も分館の開館日が減らされるなど、実際に地方都市の図書館が置かれている状況は極めて厳しいものです。
作中で、自分が勤める図書館が廃止の危機にさらされた隆彦は、ひょんなことから市議会の文教常任委員会で参考人として図書館存続の演説をすることになります。
その演説の中での「なぜ図書館は財政危機のさなかにあっても必要か」についての隆彦の論は、なるほどなと思わされるものでした。
本は青少年の健全な育成のために、市民の生涯学習のために必要である、といったようなありきたりの意見では自治体の貴重な予算を費やす理由付けとしては弱すぎる。
それではどんなふうに図書館の存続の必要性を論証すればよいのか。
ある意味これがこの作品で一番大きく、核をなす謎解きだったのだろうなと思いました。


ちょっと文体が硬くて読みにくいのと、登場人物の魅力が乏しいのが残念なところですが、それでも図書館業務や本の世界の魅力と、図書館の存在意義に関する議論にはとても読み応えがあり、本も図書館も謎解きも大好きな私にはとても興味深く楽しめました。
☆4つ。