tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『鬼の跫音』道尾秀介

鬼の跫音 (角川文庫)

鬼の跫音 (角川文庫)


刑務所で作られた椅子に奇妙な文章が彫られていた。家族を惨殺した猟奇殺人犯が残した不可解な単語は哀しい事件の真相を示しており…(「ケモノ」)。同級生のひどい攻撃に怯えて毎日を送る僕は、ある女の人と出会う。彼女が持つ、何でも中に入れられる不思議なキャンバス。僕はその中に恐怖心を取って欲しいと頼むが…(「悪意の顔」)。心の「鬼」に捕らわれた男女が迎える予想外の終局とは。驚愕必至の衝撃作。

うう、怖かった〜。
なんと言うか、背筋がぞくっと寒くなるような怖さ。
あまりこの季節には合わない作品だったかもしれません。
面白かったけど…。


ホラーであるような、ミステリであるような、どっちでもないような。
ミステリの手法を取り入れたホラーというのが一番近いような気がしますが、巻末の解説で京極夏彦さんが書かれているように、ジャンル分けする必要もないのかもしれませんね。
作品全体を流れる怪しくて妖しい雰囲気はホラーっぽいし、話の途中から思いがけない事実が判明したり意外な展開になったりするのはミステリっぽい。
意味ありげな書きぶりが道尾さんらしいなぁと思います。


6つの短編が収録されており、どの話にも「S」という人物が登場しますが同一人物ではなく、他の登場人物も重ならないので、連作短編集とは呼べません。
それでも各話の雰囲気は似通っているし、なんとなく短編同士のつながりがあるようにも思えます。
どの話でも犯罪が描かれているというのも共通点です。
それらの犯罪はすべておぞましさを感じるものですが、この作品の怖さは犯罪に対する怖さだけから来るものではないと思いました。
作中で罪を犯す人物は、みな最初はごく普通の人間のように描かれています。
その普通の人間が、話を読み進めていくうちに突然犯罪者であることが分かる。
その書き方が怖いと思いました。
人間が突如鬼と化して恐ろしい罪を犯す、その瞬間を見せ付けられているようで。
本書のタイトルは「鬼の跫音」ですが、読み終えてみればこのタイトルに深く納得でした。
どの話でも、前半はきっと鬼の足音がひたひたと近付いてくる様子が書かれていたのだと思います。
だからこそなんとなく怖いことが起こりそうな、そんな予感があった。
そしてその「怖いこと」の具体的内容が明らかにされた時に、読者は人間が鬼と化す瞬間を見ることになるのだと思います。
これは怖いです。
ぞっとします。
本当に怖いのは鬼そのものじゃない、実は人間なのではないかと感じさせられることが何よりも一番怖いです。


余計な要素のない、すっきりとシンプルな短編だからこそ、人間の奥底に潜む狂気が浮き彫りにされていると思いました。
ホラー要素が強いことと、若干グロテスクな部分もあるので、そういったものが苦手な人は要注意です。
☆4つ。