tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『乱反射』貫井徳郎

乱反射 (朝日文庫)

乱反射 (朝日文庫)


幼い命を死に追いやった、裁けぬ殺人とは?街路樹伐採の反対運動を起こす主婦、職務怠慢なアルバイト医、救急外来の常習者、飼犬の糞を放置する定年退職者……小市民たちのエゴイズムが交錯した果てに、悲劇は起こる。残された新聞記者の父親が辿り着いた真相は、法では裁けない「罪」の連鎖だった!モラルなき現代を暴き出す、日本推理作家協会賞受賞作、待望の文庫化!

上記のあらすじでこの物語のかなりの部分を説明していると思うのに、途中までは話がどのように転がっていくのか予想がつかない、というところがこの作品のすごいところであり、ミステリ的な部分だと思います。
結果的に子どもが死ぬらしいけど、たくさんの登場人物が出てきてそれぞれが少しずつちょっとした「悪いこと」をやらかしているけど、どんなふうに事件が起きて、誰がその「犯人」となるのか?
単純なハウダニットでもフーダニットでもない、少し変わったミステリですが、話の運び方はミステリそのもので、日本推理作家協会賞を受賞したのも納得です。


老人や学生、医者、主婦など、年齢も職業もさまざまな人々が物語に登場します。
そして、そのひとりひとりが、ルールやマナーに違反し、それらは連鎖して、ついには2歳の子どもが死亡する、大きな事故につながります。
彼らはみな少しずつ、その子の死に責任があります。
けれども罪には問えない。
なぜならば、彼らの行為は本当に些細なもので、法律に違反しているものもありますが、軽犯罪の範囲に収まるものです。
ただモラルが欠けていたり、自分のことしか考えていなかったりしただけで、他人に対する悪意などなく、ましてや殺意など全くなかったのですから、殺人罪には到底問えません。
不運な出来事が重なった結果の事故としか言えないのです。
それでもそれらの行為がひとりの子どもの命を奪ったのは事実です。
その理不尽さ、やりきれなさが胸に迫って、どうしてこんなことになるのかと、叫びだしたくなります。
貫井さんの作品は後味の悪いものが多いですが、この作品もそのひとつです。
けれどもラストシーンは美しくて、悲しいながらもほんのわずかに希望が感じられたのが救いでした。


この作品で描かれるのは、日常生活の中で人が犯すちょっとしたルール違反、マナー違反です。
そのひとつひとつは確かにモラルが欠けていて、利己的な感情によって行われていて、読んでいてイラッとします。
作中にも何度か出てくるように、「こんなマナーやモラルのない人間ばっかりだからこの国はダメになっていくんだ」と、思わず言いたくなってしまいます。
ところが、最後まで読むと、登場人物たちの行為や考え方を責める気持ちは、今度は自分へと向かってくるのです。
100パーセントの聖人君子など、この世にはいない。
まったくルール違反やマナー違反を犯したことのない人間など、この世に存在するのでしょうか。
例えば信号無視、未成年の飲酒、電車内で疲れていることを言い訳にお年寄りに席を譲らない…などなど。
全く罪悪感を覚えず、ルール違反をしているという自覚すらなくやっていることもあれば、後ろめたさを感じながらもついついやってしまう、というようなこともあるでしょう。
きっと誰にでもそんな経験があるはずです。
そんな私たちが、他人のルール違反やマナー違反を声高に糾弾する資格はあるのでしょうか?
ルールやマナーは守らねばならない、自分のことだけではなく常に他者のことも考えた行動をしなければならない、それはもちろん正論です。
けれどもそれが完璧にはできないのが人間で、そのことをちゃんと胸に刻んで、それでも少しでも理想に近づけるように努力しなければならないのではないかと思いました。


貫井さんらしい社会派の作品で、自分の身に置き換えていろいろと考えさせられ、非常に読み応えがありました。
☆4つ。