tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『沈まぬ太陽』山崎豊子

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)


沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下) (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下) (新潮文庫)


沈まぬ太陽〈3〉御巣鷹山篇 (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈3〉御巣鷹山篇 (新潮文庫)


沈まぬ太陽〈4〉会長室篇(上) (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈4〉会長室篇(上) (新潮文庫)


沈まぬ太陽〈5〉会長室篇(下) (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈5〉会長室篇(下) (新潮文庫)


広大なアフリカのサバンナで、巨象に狙いをさだめ、猟銃を構える一人の男がいた。恩地元、日本を代表する企業・国民航空社員。エリートとして将来を嘱望されながら、中近東からアフリカへと、内規を無視した「流刑」に耐える日々は十年に及ぼうとしていた。人命をあずかる企業の非情、その不条理に不屈の闘いを挑んだ男の運命―。人間の真実を問う壮大なドラマが、いま幕を開ける。

やっと…やっと読めました。
長らく積読になっていて、読み始めてからもあまりに重厚な物語に押しつぶされそうになり、読了までずいぶん時間がかかってしまいました。
でも、それだけの価値はあったと思います。
今まであまり知ることのなかった、また知ろうともしなかったことをいろいろと学ぶことができました。


実は映画の方を見てから読んだのですが、この順番は正解だったかもしれません。
正直映画ではなかなか人の名前や相関図が覚えられず、よく分からない部分が残ってしまったのですが、原作を読んだことで意味の分かったシーンやせりふがあり、また映画の一場面が原作の文章と結びついてうまく頭の中でイメージ化ができたりと、相互補完ができました。


舞台は国民航空という架空の航空会社で、この作品はフィクションということになっていますが、モデルは誰もが知っているあの有名な航空会社であり、山崎さんの徹底的な取材による事実がかなりの部分で盛り込まれている半フィクション・半ノンフィクションのような作品です。
御巣鷹山へのジャンボ機墜落事故の遺族や関係者の一部は実名で登場してもいます。
そんな背景があるからこその、圧倒的なリアリティは、もはや小説の域を超えていました。
恩地元というエリート社員だったはずの男が、労働組合の委員長に就任し、労働闘争の末に「アカ」のレッテルを貼られてカラチ、テヘラン、ナイロビという海外の僻地をたらいまわしにされるという報復人事を受けたというストーリーも、実際に同じようなことがあったのです。
恩地の帰国後、御巣鷹山事故が起こり、ご遺族のお世話係から会長室部長へと配属が変わる中でもずっと続いた執拗な恩地に対する会社からの嫌がらせに、これらがすべて事実であるなら本当に恐ろしいことだと背筋が寒くなりました。
どこまでが事実でどこからが創作なのかが分かりにくいので、自分なりに疑問点は調べてみようといろいろネットで検索してみたりもしましたが、おそらく大筋のかなりの部分が事実に基づいているのだと思います。
そのことにぞっとする思いでした。


労働組合が分裂して対立していたり、事故や不祥事なども多かったりで、以前からモデルとなった企業については疑問に思うことが多かったのですが、この作品のおかげでいくつもの労働組合が存在している理由と経緯も分かり、どのようにしてこの企業が経営破たんへと向かって行ったのかも分かったような気がしました。
もしかしたらこの作品に書かれていることは氷山の一角で、もっともっとたくさんの問題が山積していたとも考えられますし、この作品に書かれていることのすべてが正しいわけでもないと思っています。
主人公の恩地や、恩地が率いた労働組合や、御巣鷹山墜落事故の後に就任した国見会長などは、あまり悪く書かれていませんが、彼らに全くこの会社の問題点における責任がなかったかというと、そうではないでしょう。
業界トップ水準の従業員の賃金や福利厚生が経営を圧迫する一因になったのも確かですし、国見会長のモデルとなった人物が元々いた会社も粉飾決算などが原因で経営破たんしています。
ただ、それでもこの会社の差別人事や放漫経営は許しがたいものですし、そのような会社の再建に使われる税金を払っている国民として、この作品は必読の書と言えると思います。
また、御巣鷹山墜落事故の凄惨な事故現場や遺体安置所の様子、そしてご遺族たちの悲しみと苦しみと絶望の描写は、もう二度と同じような事故を起こさないという反省と誓い、そして犠牲者たちの無念を風化させないために絶対に必要なものであり、よくぞ書いてくださったという気持ちになりました。


正直なところ、就職氷河期世代の私には、家族を犠牲にしてまで自分の節を貫き通して会社に立ち向かっていく恩地の考え方は理解しづらいところもありました。
けれども、ほんの2、30年前の日本でこの作品に描かれているような出来事が実際にあり、恩地のような人物がいたのだということは知っておくべきことなのだと思います。
ジャンボ機墜落事故の凄惨な様子、そして4巻・5巻で描かれる政治家や官僚との癒着、無謀な海外ホテル買収やドルの長期先物予約、贈収賄、裏金作り、マスコミとの癒着による世論操作などなどの腐敗した企業体質のオンパレードには読んでいてうんざりするというか、疲れる部分もありました。
それでも読めてよかったし、読むべき本だったと思っています。
久々にずっしりと心に重くのしかかるような、濃厚な読書でした。
☆5つ。