tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『TOKYO BLACKOUT』福田和代

TOKYO BLACKOUT (創元推理文庫)

TOKYO BLACKOUT (創元推理文庫)


8月24日午後4時、東都電力熊谷支社の鉄塔保守要員一名殺害。午後7時、信濃幹線の鉄塔爆破。午後9時、東北連系線の鉄塔にヘリが衝突、倒壊。さらに鹿島火力発電所・新佐原間の鉄塔倒壊―しかしこれは、真夏の東京が遭遇した悪夢の、まだ序章に過ぎなかった!暗躍する犯人たち、そして深刻なトラブルに必死に立ち向かう市井の人々の姿を鮮やかに描破した著者渾身の雄編。

この作品は単行本の発売当初にあらすじを読んで、文庫になったら絶対読もうと思っていました。
思ったより早く文庫化してくれてよかった…と思ったのですが、本当はもう少し早く、この春に発売予定だったのだそうです。
それは、東日本大震災があったから。
発売延期になった理由は、この作品を読んでみればすぐに分かります。


鉄塔の爆破や破壊により、関東圏の電力が大幅に不足する事態に。
恐るべき電力テロは大都市・東京を大混乱に陥れた。
しかし非常事態は電気だけにとどまらなかった…。
東京に暗闇をもたらした犯人の目的とは?
そして、電力を復旧させるため、電力会社や警察など、多くの人々が自分にできることに必死に取り組み始める。


東北で起こった震災の影響で原子力発電所が停止している状況で、電力テロが発生。
電気の不足のため、輪番停電の実施へ…。
似ていますね、この3月に、実際に東京電力圏内が直面した状況に。
読んでいて、何度か「これって本当に震災前に書かれた作品だよね…?」と確認したくなるほど、リアリティのある内容で、感情を抑えた簡潔な文体もあいまって、まるでノンフィクションを読んでいるかのような感覚でした。
テロと原発事故という違いはあれども、電気が不足することによって都市の生活にもたらされる影響は同じです。
あとがきで作者自身も書かれている通り、震災前の日本人にとって、電気は当たり前にそこにあるものでした。
電気が自由に使えない生活など、想像もできなかった。
ですが、その認識は震災後に一変しました。
私たちの日常がいかに電気に依存したものであったか、そしてひとたび電力の供給が絶たれる事態が起これば経済活動がすべて止まってしまうというリスクを抱えていたのだということを、思い知らされました。


そういう変化があった後に読んだので、物語のインパクトは少し薄れてしまったかもしれません。
電力不足になった場合にどんなことが起こるかも、輪番停電がどういうものかも、今の日本人はみな知っているのですから。
ですが、この作品のメインは、電力テロの恐ろしさや電気の大切さはもちろんのことではありますが、組織の末端で日常の業務を真面目に、地道にこなす人々の姿の尊さにあります。
「名もなき市井の人々」の姿を描きたい、という作者の思いが、全編を通して強く伝わってきました。
電力会社の人々はもちろん、警察や病院も人の安全や命を守り救うために必死で闘います。
テロ事件には直接関係のない人も、家族や恋人を守るために自分にできることを一生懸命にやろうとします。
「闘いは日常の中にある」という言葉が作中に出てきますが、まさにその通り。
日常を守るために、人々の地道な努力や地味な働きがあるからこそ、変わらぬ日常というものが何よりも尊く、かけがえのないものなのだと思いました。


ヒーローでもなんでもない名もなき一般人の日常業務へのまなざしはもちろんのこと、テロ事件の犯人に対するまなざしさえもどこかあたたかく、作者の福田さんの人柄が滲む作品でした。
恐るべきテロ事件を描きながらも恐怖感や緊迫感は少なく、人間に対する希望が持てて、気持ちよく読むことができました。
☆4つ。