tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『カラスの親指 by rule of CROW's thumb』道尾秀介

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)


人生に敗れ、詐欺を生業として生きる中年二人組。ある日、彼らの生活に一人の少女が舞い込む。やがて同居人は増え、5人と1匹に。「他人同士」の奇妙な生活が始まったが、残酷な過去は彼らを離さない。各々の人生を懸け、彼らが企てた大計画とは?息もつかせぬ驚愕の逆転劇、そして感動の結末。「このミス」常連、各文学賞総なめの文学界の若きトップランナー、最初の直木賞ノミネート作品。第62回日本推理作家協会賞受賞作。

う〜ん、これまた感想が書きにくい作品だなぁ。
何を書いてもネタバレになりそう、というか、この作品の一番印象が強かった部分を書こうとすると、ネタバレになるのは避けられそうもない、というか…。
道尾秀介さんの作品はいつもそんなのばっかりで、そこが魅力ではあるのですが。


主人公の武沢は、サラ金からの借金を抱えた挙句、妻と娘を失い、現在は偶然知り合ったテツさんという男と共に詐欺師として生きています。
そこへ2人の姉妹と姉の方の彼氏が押しかけてきて、一気に賑やかな生活になったと思いきや、武沢を付け狙う怪しい人影が。
武沢たちは平穏な生活を取り戻すため、「アルバトロス作戦」と名付けた大計画を実行に移しますが…。


まず思ったのは、今回の作品は非常に文章が読みやすい。
これまでに読んだ道尾さんの作品は、意味深な文が多くて、何を表現しようとしているのかはっきりと分からないところがあり、それが読みにくさにつながっていたように思います。
でもこの作品ではそういうところがなかった。
何か仕掛けがありそうだなぁと思える箇所も、それほど思わせぶりではなく自然な感じです。
文章のテンポもよく、ユーモアが適度に混ぜ込まれているので、あまり引っ掛かることもなくすいすいと読み進められました。
少なくとも私が今までに読んできた道尾作品の中ではダントツの読みやすさでした。


また、主人公の武沢をはじめとした登場人物たちもみな個性があって、読んでいてなかなか面白いのです。
武沢、テツさん、やひろとまひろの姉妹、やひろの恋人である貫太郎は、全員がそれぞれにつらい過去を持っています。
武沢は自分の妻と娘を失った上、借金返済ができなかったために債権取立ての仕事をし、その結果ひとりの女性を自殺に追いやっています。
テツさんは最愛の妻を亡くし、やひろとまひろの姉妹は両親を失いました。
これだけつらい過去を背負っている登場人物が揃っていると、暗く重苦しい雰囲気の作品になりがちですが、この作品については決して暗くありません。
むしろ、適度なユーモアがあるせいで、全体を通して比較的明るい雰囲気になっています。
もちろん武沢やテツさんの過去が語られる場面などはそれなりに重いものがありましたが、それはごく一部で、全体を通して見れば、ハラハラドキドキのエンターテインメントという印象でした。
そういう物語の雰囲気も読みやすさの理由のひとつでしょう。


ミステリとしても、終盤のどんでん返しはある程度予測がつくとはいえ、なかなか綿密に練られているなと感じました。
主人公たちの「詐欺」とうまく引っ掛けた仕掛けが上手いなぁと思います。
そしてその仕掛けによってもたらされる結末が、とても気持ちのよいものでした。
文章の読みやすさ、物語の雰囲気のよさ、読後感のよさ、どれを取っても人にお薦めしやすい作品だと思いました。
『向日葵の咲かない夏』が苦手だった人も、この作品なら楽しめるかもしれません。
☆4つ。