tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『せんせい。』重松清

せんせい。 (新潮文庫)

せんせい。 (新潮文庫)


先生、あのときは、すみませんでした―。授業そっちのけで夢を追いかけた先生。一人の生徒を好きになれなかった先生。厳しくすることでしか教え子に向き合えなかった先生。そして、そんな彼らに反発した生徒たち。けれど、オトナになればきっとわかる、あのとき、先生が教えてくれたこと。ほろ苦さとともに深く胸に染みいる、教師と生徒をめぐる六つの物語。

作品数が多くて、ハズレも少ないという作家さんのひとり、重松清さん。
特に先生と生徒の話は本当にハズレがないですね。
泣ける話もあれば、こんな先生確かにいたなぁと共感を覚える話まで、どれを読んでも気持ちよく読み終われます。
この『せんせい。』はそんな短編を6つ収めた「はずれるわけがないだろう」な短編集です。


バンド少年にギターを教わる先生の話「白髪のニール」、保健室登校の女の子と養護教諭の話「ドロップスは神さまの涙」、授業も顧問を務める美術部もほったらかしで自分の絵を描き続ける美術教師の話「マティスのビンタ」。
前半に収められているこの3つは、どれも生徒の側から見た先生の話です。
この中では「ドロップスは神さまの涙」が一番好きかな。
この作品に出てくる小学校の保健室の先生は、一見ちょっと怖いんだけど、実は意外な優しさを持っているんですね。
教室で子どもたちを見ている担任の先生とは違う、保健室の先生だからこその視点から、子どもたちを見ている。
だから担任の先生には見えないものが見えていたりする。
養護教諭も、授業や学級運営をする先生たちとは違った部分で、生徒を教え、諭す人…そう、先生なんだなぁと思わせてくれる話でした。


でも、個人的には後半の「にんじん」「泣くな赤鬼」の、教師視点からの話の方が好きでした。
どちらも、先生だって人間だ、という当たり前のことを描いた作品です。
「にんじん」は、担任をしているクラスのある男子児童のことが嫌いな、若い男の先生の話。
先生も人間だから、若いうちは未熟で、自分の感情を抑えられないこともある。
すべての生徒を無条件に愛せるわけではない。
時には失敗を犯したり、後悔したりしながら、先生も生徒と共に成長していくんだなぁ。
そして「泣くな赤鬼」は甲子園出場を夢見る、野球部の監督を務める高校の先生が、病院で教え子に再会する話。
この教え子は野球部を途中で辞め、高校自体も中退してしまったのでした。
当時は「赤鬼」というあだ名をつけられるほど、怖く厳しい先生で、この生徒に対しても厳しく接するばかりでどうしても褒めることができなかった。
そういう自分の教育を、間違っていたとまでは思わなくても、振り返って悔やむことはある。
そんな先生が、死を目前にした元教え子にようやく優しい言葉をかけることができて、「ほめることも、励ますことも、こんなに簡単だったんじゃないか」と思う場面が泣けました。
生徒たちとの関わりがあってこその先生という職業は、やっぱり素敵だなぁと思います。


そして最後に収められている「気をつけ、礼。」という作品は、やはり重松清さんご自身のことを描かれた作品なのでしょうね。
普通に考えればとても悪いことをした先生なのだけれど、生徒に愛され、保護者たちからの信頼も厚かったというのはやはり生徒のことをきちんと考えている「いい先生」だったからなのでしょう。
人間としては問題があったかもしれないけど、教師としては決してダメな先生ではなかった。
確かにそういう先生、いるんですよね。
そして、生徒として卒業後も「記憶に残る先生」とは、得てしてそういう先生だったりします。


自分が今まで出会ってきた先生たちのことを思い出しながら読み、ちょっと懐かしい気持ちにさせてくれました。
とても心地よい読後感の短編集です。
☆4つ。