tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『崩れる 結婚にまつわる八つの風景』貫井徳郎

崩れる 結婚にまつわる八つの風景 (角川文庫)

崩れる 結婚にまつわる八つの風景 (角川文庫)


仕事もしない無責任な夫と身勝手な息子にストレスを抱えていた芳恵。ついに我慢の限界に達し、取った行動は…(「崩れる」)。30代独身を貫いていた翻訳家の聖美。ある日高校の同級生だった真砂子から結婚報告の電話があり、お祝いの食事会に招待されるが…(「憑かれる」)。家族崩壊、ストーカー、DV、公園デビューなど、現代の社会問題を「結婚」というテーマで描き出す、狂気と企みに満ちた8つの傑作ミステリ短編集。

もともと集英社文庫に入っていたのが角川文庫に版権お引越し。
それに伴い、この角川文庫版の印税を東日本大震災の義援金として寄付すると、作者の貫井さんがツイッターで言われていたので、購入してみました。
未読だったのでちょうどよかったです。


貫井さんはよく「短編は苦手だ」と言われているのですが、そんなことはないと思います。
少なくとも私は今までに読んだ貫井さんの短編集は全て楽しませてもらいました。
もともと貫井さんは抑えた筆致で簡潔な文章を綴られる方なので、短編にも向いている文体だと思うのです。
この短編集は「結婚」や「夫婦関係」についての短編が8つ収められているのですが、どれもひねりが効いていて面白かったです。
一つのテーマに沿って書かれているとは言っても、中身はけっこうバラエティに富んでいて、夫婦が主人公だったり、独身女性が主人公だったり、婚約中の女性が主人公だったりします。


そして、どの短編にも共通しているのが「ちょっと怖い」ストーリーだということなのですが、その怖さの感じさせ方がそれぞれ違っていて、どの作品も新鮮な気持ちで読めます。
表題作の「崩れる」はタイトル通り、主人公の女性がぐうたらな夫に耐えてかろうじて保ってきた家庭が崩れていく様子が怖い。
「憑かれる」はホラー的展開が怖いし、「追われる」や「見られる」はストーカーや痴漢という、女性にとっては非常に怖い犯罪が描かれていて、ぞっとする怖さを味わいました。
そして一番怖かったのが「腐れる」で、最後のオチが何とも言えず背筋が寒くなります。
貫井さん自身もこの「腐れる」をベストとして挙げておられますが、確かにストーリー展開もオチもきれいにまとまっていてよかったと思います。


感心するのは、この短編集が今となってはちょっと昔の時代設定(携帯電話が普及する以前)になっているのに、ストーリー自体にはほとんど古さを感じないことです。
それはやはり、結婚だとか夫婦だとか人間関係だとか、そういった人間の社会生活の基盤となるものは時代が変わってもそれほど大きくは変わらないからなのだと思います。
もちろん、晩婚化や少子化が進み、結婚にまつわる意識も変わったでしょうが、妊娠・出産だとか公園デビューだとか嫁姑の関係だとか、結婚生活における悩みや苦労はそうそう変わりはしないのです。
だから今読んでも共感できるところがたくさんあるし、登場人物たちが携帯電話を持っていないとかそういう細かい部分以外には時代による違いは感じられません。
貫井さんの、女性の心理をしっかりつかんで、女性の私が読んでも全く違和感を感じない描写にも非常に感心しました。
まだ独身だった若い頃に書かれた作品だということですが、それでここまで主婦や若い女性の心理状態をリアルに書けるというのは、人間観察が得意でそれを的確に描き出せる文章力を持っておられるからなのだろうなと思います。


どちらかというと重厚な長編で知られている貫井さんですが、短編もなかなか面白いぞということを示すのに格好の短編集でした。
☆4つ。