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『天と地の守り人 −第三部 新ヨゴ皇国編−』上橋菜穂子

天と地の守り人〈第3部〉新ヨゴ皇国編 (新潮文庫)

天と地の守り人〈第3部〉新ヨゴ皇国編 (新潮文庫)


ロタとカンバルがうごいた!北の諸国のうねりを背に、瀕死の故国へ帰還するチャグムに父との対決の時が迫る。緒戦の犠牲となったタンダの行方を必死に探し求めるバルサ。大地が揺れ、天変地異が起こるとき、金の鳥が空を舞い、地を這う人々の群れは、ひたすらに生きのびようとする。―十年余りの時をかけて紡ぎだされた大河物語の最終章『天と地の守り人』三部作、ついに完結。

続きを待ちわびながら楽しみに読み続けてきたシリーズものが完結してしまうと、最後まで読み通せた喜びと満足感と共に、どうしようもない寂しさも感じてしまいますね。
この最終巻を読んでいる間中ずっと、早く結末を知りたい思いと読み終わってしまいたくない思いとが入り混じってとても複雑な気持ちでした。
ついに読み終えた今の気持ちはというと、物語の余韻に酔いつつ深い満足感に浸っているという感じで悪くはないのですけど。
でもやっぱり一抹の寂しさは感じずにはいられません。


このシリーズのよいところは、物語を主人公(バルサやチャグム)の視点だけから描くのではなくて、敵側や近隣諸国の人々など、さまざまな視点から描いているために、とても深みのある世界が出来上がっているところだと思います。
帝を神として崇め、どこか閉鎖的な新ヨゴ皇国、強い野心を持って次々に他国を征服し、国を巨大化させてきたタルシュ王国。
どちらもそれぞれの立場と考え方があって、どちらかが一方的に善だったり悪だったり、被害者だったり加害者だったりするわけではないというのがよく分かる描かれ方をしていました。
そしてまた、同じ国の中でも人々の考え方はさまざまで、一つに統一することなど到底無理なのです。


この最終巻では、帝とチャグムという親子でさえ、同じ生き方も考え方もできないのだということを改めて考えさせられました。
実の息子であるチャグムの存在を疎んで暗殺しようとする帝がどうしても好きになれませんでしたが、この最終巻を読んで少し印象が変わった気がします。
帝は帝なりに、自分が信じる「帝」としての在り方を貫き通してきただけで、本当は彼なりの苦悩もいろいろあったのだろうなぁと想像できたのです。
チャグムの意見が正しいと思う部分があったとしても、長年帝として崇められてきた彼には今さら自分の考えを曲げられないということもあったでしょうし、宮から外へ出て行動するような自由も彼にはなかった。
チャグムが帝から命を狙われたおかげで宮の外の世界を知り、父とは正反対の柔軟な思考と大胆な行動力を身につけたことを思うと、皮肉なめぐり合わせだと思わずにはいられませんが、チャグムならきっと父が守ってきたものも尊重しつつ、父とは違う国づくりを実現していけるだろうなと思いました。


なんだか物語の最後の方はチャグムの存在感が大きくなりすぎて、主人公のバルサの影が少し薄く感じられてしまうほどでしたが、それでもやっぱりバルサも最後まですごい人でした。
戦場で重傷を負って生死の淵をさまよっていたタンダを救うために「あること」をする場面は、もはや壮絶としか言いようがありません。
上橋さん自身も巻末の鼎談の中で語られていますが、これほどまでに深い愛があるものなのかと感嘆しきりでした。
もちろん愛情だけではできないことで、ずっと命がけの戦いを続けてきたバルサだからこそできたことなのだと思いますが、どんなラブシーンよりも強烈に愛というものを描き出した場面だと思いました。


戦争に大天災、2つの大きな破壊によって引き裂かれたもの、失われたものはとても大きく、胸が痛みましたが、物語の結末が希望の持てるものでよかったと思います。
何より、物語が扉が閉まるように完全に「終わった」という感じではなく、むしろ物語はこれからもまだまだ続いていくのだ、これから生まれていく物語があるのだという感じの終わり方だったのがとてもよかったです。
完全にハッピーエンドとは言い切れない結末ですが、とてもすがすがしいものを感じました。
チャグムにとってはむしろこれからが大変なのかもしれませんが、彼ならきっとどんな苦難も乗り越えていけるだろうと信じられますし、バルサもようやく少しは落ち着けそうな感じです。
それぞれの人物が帰るべき場所に帰り、考え得る中では最もいい形の結末に落ち着いたのだと思います。


文庫版の特別企画である、上橋さん、佐藤多佳子さん、荻原規子さんによる鼎談も充実した内容で読み応えがありましたし、あとがきの最後に追記という形で書かれた上橋さんからの力強いメッセージも胸に沁みました。
児童文学だとかファンタジーだとかいうジャンルの枠組みにとらわれない、素晴らしい物語をありがとうございました。
☆5つ。
…本編は完結したけれど、まだ番外編がいくつかあるんですよね。
そちらも楽しみです。