tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『完全恋愛』牧薩次

完全恋愛 (小学館文庫)

完全恋愛 (小学館文庫)


第二次大戦末期の福島県の温泉地、東京からやってきた少年・本庄究は、同じく戦火を逃れてこの地に暮らしていた画家の娘・小仏朋音に強い恋心を抱く。やがて終戦となり、この地方で進駐軍のアメリカ兵が殺されるという事件が起こる。しかし現場からは凶器が忽然と消えてしまう。昭和四十三年、福島の山村にあるはずのナイフが、時空を超え、瞬時にして西表島にいる少女の胸に突き刺さる。昭和六十二年、東京にいるはずの犯人が福島にも現れる。三つの謎の事件を結ぶのは、画壇の巨匠である男の秘められた恋であった。「本格ミステリ大賞」受賞作品を文庫化。

本格ミステリ大賞受賞、「このミステリーがすごい!」第3位などなど、高い評価を受けたこの作品。
多くの謎を盛り込んだ本格ミステリと、切ない恋愛小説を見事に融合させた大作です。


この物語では3つの殺人事件が起こります。
1つ目は戦後間もなくの頃、福島県の温泉地で起こった米兵殺人事件。
2つ目は昭和43年、西表島で起こった不可能犯罪。
そして3つ目は昭和62年に起こった、一見ただの溺死事故と思われる不可解な事件。
時間も場所もバラバラの3つの事件全てに関わっていたのが、洋画界の巨匠、柳楽糺(なぎらただす)こと本庄究(ほんじょうきわむ)でした。
この作品はその究の一生涯を描いた一代記の体裁をとって書かれています。


戦中から平成まで、激動期の日本を描いた作品として、そしてその時代を生きた一人の画家の人生の物語として読んでもとても面白い作品だと思います。
特に物語前半の、空襲で家族を失った究が引き取られた先の福島の温泉旅館での話は、登場人物も生き生きとしていて、当時の時代背景も興味深くてとても面白く読めました。
第一の事件が起こるまでにかなりのページ数が割かれており、どこかに伏線があるんだろうなと薄々思いながらも、話自体が面白いので探りながら読む暇もなく、どんどん読み進めてしまいます。
凶器が福島から沖縄に瞬間移動した第二の事件、そして東京で病に臥せっていたはずの究が福島に現れた第三の事件。
「ありえない」と思わせるこの大きな突拍子もない謎が、ミステリファンをワクワクさせてくれます。
そして謎解き。
第三の事件のトリックの真相はちょっとずるいような気もしますが、なかなかの大技であっと言わせてくれました。


でも、この作品の一番の「ミソ」は殺人事件の謎解きではないように思います。
この作品の核は、やはりタイトル「完全恋愛」にあるのでしょう。
他者にその存在さえ気付かれることのない犯罪を「完全犯罪」と呼ぶのなら、他者にその存在さえ知られぬ恋愛は「完全恋愛」と呼ばれるべきか。
そしてこの作品において、「完全恋愛」を成し遂げたのは一体誰だったのか…?
最後の最後に、タイトルの本当の意味がすとんと胸に落ちてきたときには感動しました。
ミステリとしてはちょっと大技すぎてすっきりしない部分もあるのですが、タイトルの上手さと秘められた恋の切ない余韻が素晴らしい良作です。
☆4つ。