tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ダイイング・アイ』東野圭吾

ダイイング・アイ (光文社文庫 ひ 6-11)

ダイイング・アイ (光文社文庫 ひ 6-11)


記憶を一部喪失した雨村慎介は、自分が死亡事故を起こした過去を知らされる。なぜ、そんな重要なことを忘れてしまったのだろう。事故の状況を調べる慎介だが、以前の自分が何を考えて行動していたのか、思い出せない。しかも、関係者が徐々に怪しい動きを見せ始める…。

光文社文庫の東野圭吾作品2点同時文庫化!のうちの1冊。
続けてもう1冊の『あの頃の誰か』も読みます。


バーに勤める雨村慎介は、ある日一人で店に出ているときにやってきたちょっと変わった客に突然襲われ、頭を殴られます。
幸い命に別状はなく、間もなく仕事にも復帰しますが、それ以来慎介の周囲で妙なことが起こり始めます。
しかも慎介は頭を殴られた後遺症か、一部の記憶を失っていました。
その記憶とは、慎介が加害者となった交通事故に関する記憶だったのですが、その事故についても不可解な点がいくつか出てきて…。


東野さんにはちょっと珍しいかもしれない、ホラー風の味付けがされていますが、記憶喪失から始まる奇妙な出来事や、怪しげな謎の人物たちをめぐるサスペンスストーリーは東野さんらしい作品といえると思います。
謎の人物たちの謎の言動、そして少しずつ甦っていく慎介の記憶…全てが明らかになったとき、一体どんな結末が待ち受けているのか気になって、どんどん先が読みたくなりました。
そういう話の運び方はさすが東野さん、いつもながらとても上手いと思います。
ただ、何が描きたいのかという点では、ちょっと焦点がぶれてしまったかなという気もしました。
最後までサスペンス調を貫いてあっと驚く真相を明かすか、どんでん返しを仕掛けるか、そういう展開の方が個人的には好みです。
ラストがホラーっぽくなったのは予想外で驚きはしましたが、真相の意外性で驚かせてほしかったなぁと思います。
それなりにぞくぞくするような怖さは味わえたので、ホラーサスペンスとしては楽しめたとも言えますが。


交通事故の被害者の無念、加害者の罪の意識の薄さといった問題には考えさせられるものがありました。
本書の中で書かれている通り、交通事故、特に死亡事故における加害者に課せられる刑罰は、人の命の重さに比べて軽すぎると思います。
最近はようやく、飲酒運転などの運転手の過失が大きな事故に対しては重い刑罰を課すという流れになって来ましたが、それでもまだまだ不十分ではないかと思うこともあります。
この作品では数人の交通事故加害者が登場しますが、その全員に罪の意識の薄さや身勝手さが感じられて腹が立ちます。
もちろん、飛び出しや信号無視など、歩行者側(被害者側)に過失がある場合も多々あるでしょうが、車の運転に関してもっとルールやマナーを守ることが強調されるべきではないかと思います。
交通事故はそういう重い社会的テーマをはらんだ問題だと思いますし、だからこそホラー的な怖さではなく、交通事故そのものの怖さを感じさせる描き方の方がよかったのではないかと思うのです。


そういう点では残念なところもありましたが、読みながら続きが気になって仕方なかったのも事実。
エンターテインメント小説としてはさすがのレベルの高さですが、社会問題を描いた作品としては中途半端さも感じられるというのが正直な印象でしょうか。
☆4つ。