tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『造花の蜜』連城三紀彦

造花の蜜〈上〉 (ハルキ文庫)

造花の蜜〈上〉 (ハルキ文庫)


造花の蜜〈下〉 (ハルキ文庫)

造花の蜜〈下〉 (ハルキ文庫)


歯科医の夫と離婚をし、実家に戻った香奈子は、その日息子の圭太を連れ、スーパーに出かけた。偶然再会した知人との話に気をとられ、圭太の姿を見失った香奈子は、咄嗟に“誘拐”の二文字を連想する。息子は無事に発見され安堵したのも束の間、後に息子から本当に誘拐されそうになった事実を聞かされる。―なんと犯人は「お父さん」を名乗ったというのだ。そして、平穏な日々が続いたひと月後、前代未聞の誘拐事件の幕が開く。各紙誌で絶賛を浴びたミステリの最高傑作がついに文庫化。

以前に比べるとミステリを読む量が減ってきてはいるのですが、「何か面白い本ないかな」と探している時に最初に目が行くのはやはりミステリなのです。
この作品は誘拐事件を扱っているところに興味を引かれて手に取りました。


誘拐は卑劣な犯罪だと思います。
また、成功率の低い犯罪でもあると聞いたことがあります。
そういえば昔は身代金目的の誘拐事件が時々起こっていましたが、最近はほとんど聞かなくなりましたね。
携帯やらGPSやらが発達した現代における誘拐事件をどんなふうに描くのかなと思っていたら、やはり単純な誘拐事件ではありませんでした。
子どもが何者かに連れ去られて、犯人から電話がかかってくるところまでは普通(?)。
ところが、この犯人は身代金を要求しません。
「そっちがお金を出したいのなら出せば?」…と、こんな感じです。
まぁ結局は身代金を出して子どもを取り戻すことになるのですが、その身代金の受け渡しも前代未聞の場所と方法で、驚かされます。
世間の耳目を集める、一種の劇場型犯罪ということになるのでしょうが、実は事件はさらに複雑な構造を隠し持っていて…というひねりを加えた筋書きでした。


「こういう事件かな」と思ったら意外な真実が見えてきて、一体何が真実で何が嘘なのか、事件のどの側面が表で、裏なのか…、読んでいるうちにちょっと混乱してしまいました。
一点から事件を見たところで全貌は決して見えない、多面性を持った事件です。
事件に裏と表があるように、犯人も被害者も含めて、その事件に関わる人間全てにも裏と表がある。
そんなところがちょっと怖くもあり、興味深くもあり、でした。
事件の真犯人の謎めいた雰囲気もとても印象的です。
結局素顔がよく分からないままに物語が終わってしまい、ちょっと消化不良な気分にもなりましたが、事件でも重要な役目を果たす「蜂」のイメージの重なり合いがこれまた印象的でした。
そして最終章は登場人物ががらりと変わって、また新たな事件が起こるのですが、予想を裏切る展開に驚かされました。
ちょっと話ができすぎのような感じもするのですが、鮮やかな犯罪劇と、その中に浮かび上がる真犯人の神秘性に、思わず拍手を送りたくなってしまいました。


派手な事件を描いているわりには、淡々と一定のムードで話が進むせいか、若干読みにくい印象も受けました。
ただ、事件の構造や犯人像はとても印象的で面白かったです。
☆4つ。