tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ホテルジューシー』坂木司

ホテルジューシー (角川文庫)

ホテルジューシー (角川文庫)


大家族の長女に生まれた天下無敵のしっかり娘ヒロちゃん。ところがバイトにやってきた那覇のゲストハウス・ホテルジューシーはいつもと相当勝手が違う。昼夜二重人格のオーナー(代理)や、沖縄的テーゲー(アバウト)を体現するような双子の老ハウスキーパーなど規格外の職場仲間、さらにはワケありのお客さんたちにも翻弄されながら、ヒロちゃんの夏は過ぎてゆく―南風が運ぶ青春成長ミステリ、待望の文庫化。

坂木司さんはすっかり「職業」をテーマに日常の謎ミステリを書く人、というイメージが定着してきましたね。
この作品で描かれる職業は、ホテル従業員。
しかし普通のホテル従業員ではありません。


女子大生・柿生浩美は、卒業旅行の資金を稼ぐため、夏休みを利用して石垣島のホテルでアルバイトをすることに。
居心地もよく楽しくバイトに精を出していた浩美でしたが、ある日突然那覇のホテル「ホテルジューシー」に助っ人で働きに行くことになります。
楽しかった石垣島のホテルとは違い、那覇のホテルはちょっと怪しげな(?)安宿で、オーナー代理をはじめとしていい加減な人たちばかり。
しかも宿泊客もさまざまで、厄介ごとに巻き込まれてしまうことも…。
浩美は無事バイトを勤め上げられるのか!?


主人公の浩美は、大家族の長女で非常にしっかりした性格。
曲がったことが大嫌いで、今時珍しい「お堅い」タイプの女の子。
おそらく優等生タイプで育ってきて、あまり壁にぶち当たったことのないタイプでしょう。
当然仕事もできるのでホテル従業員としても重宝されるのですが、やはり「働く」となると一筋縄ではいかないのは誰しも同じ。
浩美の正義感、責任感、いっそすがすがしいまでのまっすぐさは憎めないのですが、世の中そうした「正しさ」だけでは渡っていけません。
いい加減で適当な人なんて山ほどいます。
正論を振りかざしたところでどうにもならないシチュエーションにもたくさん遭遇します。
ましてや浩美のバイト先は沖縄。
チャンプルー(ごちゃ混ぜ)でテーゲー(適当)な文化を持つ土地です。
リゾート地といえば聞こえはいいですが、さまざまな人々がそこでいろいろな事情を持って生活している以上、いい人ばかりいるわけじゃないし、闇の部分も当然存在する。
そんな現実を目の当たりにし、傷つき悩みながら成長していく浩美の姿が爽やかでいいなと思いました。


謎解き要素は今回は薄めでしたが、登場人物たちがみな個性的で、浩美が遭遇する「事件」も印象的なものばかりでした。
特に「トモダチ・プライス」は、友達という言葉の意味と、夢と現実との折り合いについていろいろ考えさせられました。
登場人物の中ではやはりホテルジューシーのオーナー代理が強烈な印象ですね。
ジキル博士とハイド氏のように、昼と夜で別人のように人格が変わる、少し…いやかなり変わった人物です。
でも悪い人じゃないのですよね。
しっかりしているとは言えまだ社会経験に乏しい女子大生である浩美をしっかり導き、教え諭す役割も果たしています。
それから、浩美の親友として登場する「サキ」は、坂木さんの『シンデレラ・ティース』という作品のヒロインであり、この作品とはセットで読むとより楽しめる趣向になっています。
出版社が違うのに装丁も『シンデレラ・ティース』と対になっているのはうれしいですね。
個人的には『ホテルジューシー』よりも『シンデレラ・ティース』の方が好きですが…。


舞台が沖縄なので、沖縄の言葉や食べ物、文化についての描写がふんだんに出てくるのもうれしいところ。
私もチャンプルー文化を体験してみたくなりました。
非常に読みやすくて後味もよく、爽やかで気持ちのよい作品です。
☆4つ。