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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『蒼路の旅人』上橋菜穂子

蒼路の旅人 (新潮文庫)

蒼路の旅人 (新潮文庫)


生気溢れる若者に成長したチャグム皇太子は、祖父を助けるために、罠と知りつつ大海原に飛びだしていく。迫り来るタルシュ帝国の大波、海の王国サンガルの苦闘。遙か南の大陸へ、チャグムの旅が、いま始まる!―幼い日、バルサに救われた命を賭け、己の身ひとつで大国に対峙し、運命を切り拓こうとするチャグムが選んだ道とは?壮大な大河物語の結末へと動き始めるシリーズ第6作。

「守り人」シリーズもついに終盤、6作目になりました。
このシリーズはどの作品を読んでいても最後に涙してしまいます。
物語が進むにつれどんどん世界が広がり、スケールが大きな話になってきましたが、強く胸を打たれる作品であることは1作目からずっと変わっていません。


「旅人」シリーズは「守り人」シリーズ1作目の『精霊の守り人』で、女用心棒バルサに命を救われた新ヨゴ皇国のチャグム皇太子が主人公。
バルサも常に命を賭けた戦いをくぐり抜けていますが、チャグムの運命も過酷で壮絶なものです。
実父である帝に疎まれ、命を狙われるという、自国にいても心休まることのない立場のチャグムが、今作では海を越えた南の大陸の軍事大国、タルシュ帝国に向かい、さらに大きな運命の波に飲み込まれることになります。
やはり「旅人」シリーズではチャグムの成長ぶりが読めるのがうれしいですね。
精霊の守り人』ではバルサたちに守られてなんとか生き延びた幼い子どもだったチャグムが、今作では立派に元服して自分の頭でいろいろなことを考え、決断するようになりました。
そしてこの『蒼路の旅人』の物語中でも彼は大きな成長を遂げます。
自分の運命を呪い、逃げ出してしまいたいという思いに囚われたり、憎い父をそれでも死なせたくはないと思ったり。
心の揺れを繰り返して、最終的にチャグムが選んだ道は、無謀とも言える大きな賭けでした。
でも、その決断をしたこと自体が、少年から大人の男への彼の成長を表しているのだと思います。
どうか生き延びてほしいと、いつか彼に心の底から笑える日が来てほしいと、祈らずにはいられなくて、涙がじわりとあふれてくるのでした。


それにしても、この作品、できることなら世界中の全ての国の為政者に読ませたいものです。
あなたの決断や言動が何千・何万もの民の運命を左右するのだということを理解していますかと。
あなたの目に、民の姿はちゃんと映っていますかと。
そう問いかけたい。
私はどうしても民や自分の周りの人々をひとりでも多く救おうというチャグムに肩入れしてしまうけれど、民の命を犠牲にしてでも国を大きくしたいというタルシュ帝国のラウル王子の方に賛同する人ももちろん多いことでしょう。
そしてどちらが正しいわけでも、間違っているわけでもないということも分かっています。
それでもこの作品を全ての為政者に読ませたいと思うのは、作者の次の言葉に共感するからです。

ひとつの視点に固着することの恐ろしさを、私はずっと感じてきました。
人類の歴史の中で、唖然とするほどの大虐殺や悲劇を生みだしてきたのは、悪意というよりはむしろ、ひとつの視点に固着した思想や意識であったと思うからです。


文庫版あとがき「蒼い路」より

この広い世界には、人間の数だけ異なる考え方や視点がある…。
この作品にはそれがきちんと描かれているし、それを理解することこそ、平和への第一歩となると思うのです。


いよいよ次の『天と地の守り人』3部作がシリーズ完結編。
精霊の守り人』の結末以後、別々の道をたどってきたバルサとチャグムの運命がいよいよ再び交わるのでしょうか。
早くこの壮大な物語の行く末を見届けたいという思いと、まだ終わってほしくないという思いとが交錯して、複雑な気持ちです。
☆5つ。