tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『クジラの彼』有川浩

クジラの彼 (角川文庫)

クジラの彼 (角川文庫)


『元気ですか?浮上したら漁火がきれいだったので送ります』
彼からの2ヶ月ぶりのメールはそれだけだった。聡子が出会った冬原は潜水艦乗り。いつ出かけてしまうか、いつ帰ってくるのかわからない。そんなクジラの彼とのレンアイには、いつも7つの海が横たわる…。表題作はじめ、『空の中』『海の底』の番外編も収録した、男前でかわいい彼女たちの6つの恋。有川浩がおくる制服ラブコメシリーズ第1弾。

「いい年した大人が活字でベタ甘ラブロマ好きで何が悪い!」
開き直りのような作者の言葉ですが…いやいや、別に何も悪くないんじゃない?
ベタ甘ラブコメ好きの大人はきっとたくさんいます。
私もそのひとり。


『クジラの彼』は、自衛官の恋愛を描いた短編集。
自衛隊3部作」と呼ばれる有川さんの長編シリーズのうち、『空の中』『海の底』の2作の前日譚と後日譚も収められていて、シリーズの読者にはうれしい限りです。
シリーズを読んでいたほうが楽しめるのは確かですが、読んでいない人でもそれなりに楽しく読めるのではないでしょうか。
恋愛というのは古今東西の小説において普遍的なテーマですし、自衛官というちょっと特殊な(?)職業の人たちが主役というところがちょっと変わっていて面白いと思います。
自衛官は転勤も頻繁。
規律も厳しく、そう簡単に彼氏彼女に自由に会える時間が作れるわけでもない。
さらには、有事の際には命を賭けて国を守らなければならない…。
これ以上ないくらい恋愛には向かない職業です。
恋愛、そしてさらにその先の結婚ともなると、相当な覚悟が必要なのです。

前日どんなに喧嘩をしても、翌朝は笑顔で送り出してくれ。その日の晩に二度と帰って来ないかもしれないのが自衛官だ。


269ページ 10〜11行目より

この2行が強く心に響きました。
そういう、恋愛が容易ではない職業だからこそ、こういう甘甘なラブコメと相性がよいのかもしれません。


そしてまた、この短編集は「働く女子への応援歌」としての側面も持っていると思います。
どの作品に登場する女子も、OLだったり自衛官だったりと仕事内容はバラバラでも、みな社会人として仕事をして男性社会の中で凛と生きていこうとしている人たちばかりです。
彼氏が(あるいは自分自身が)自衛官であろうとなかろうと関係なく、現代の働く女性にとって、仕事と恋愛、さらにはその先に待つ家事や育児との両立は決して避けることのできない重要なテーマ。
この短編集には、その両立のヒントがしっかりと描かれていると思いました。
仕事も恋愛もどっちも大事で、どちらかを選ぶことはとても難しいことなのだということ。
そしてそれは相手にとっても同じなのだということを男も女もいつも忘れず、互いを思いやる気持ちを持ち続けること。
そうすれば、どんな時間も距離も乗り越えていける。
…絶対に。


文章もストーリーもライトノベルのノリで非常に気楽に読めますが、甘いばかりではないのが有川作品のいいところ。
少女マンガのようなベタ甘ラブコメが嫌いでなければぜひどうぞ。
☆4つ。