tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『インシテミル』米澤穂信

インシテミル (文春文庫)

インシテミル (文春文庫)


「ある人文科学的実験の被験者」になるだけで時給十一万二千円がもらえるという破格の仕事に応募した十二人の男女。とある施設に閉じ込められた彼らは、実験の内容を知り驚愕する。それはより多くの報酬を巡って参加者同士が殺し合う犯人当てゲームだった―。いま注目の俊英が放つ新感覚ミステリー登場。

米澤穂信さんは日常の謎ミステリや青春小説が得意な作家さんという印象が強かったので、ここまでガチガチの本格ミステリは異色とも言えるかも。
でも、さすが米澤さん。
単なる本格ミステリではない、ひとひねりもふたひねりもある作品でした。


破格の時給11万2千円のアルバイト募集に応じた12人の男女が集まったのは、洋館を模した地下室。
そこで行われる7日間に及ぶ「実験」の内容とは、恐るべきことに…。


奇妙な構造の洋館だの、12体のネイティブアメリカン人形だの、クローズドサークルだの、「十戒」だの、古今東西のミステリに登場する凶器の数々だの…ミステリ好きの心をくすぐるガジェットが序盤から次々に登場し、一気に本格ミステリの世界に引き込まれます。
でも、ここで面白いのはそれらのガジェットが「実験」の一部として登場しているということ。
現代の日本を舞台に本格ミステリのガジェットが当たり前に登場するストーリーだと、どうしても非現実的な感じがしてしまいますが(非現実的だからこそ血なまぐさいストーリーを純粋に謎解きパズルとして楽しめるとも言えますが)、そういう非現実的な世界をある人物の意向によって意図的に作り上げているのだという設定なら無理がありません。
その「実験」のルール上、誰もが「犯人」にも「被害者」にも「探偵」にも「助手」にもなりうるというのも、固定の探偵役がいるシリーズもののミステリとは違った面白さがあります。
また、この設定を逆手に取ったかのように、その設定に放り込まれた人間全てがミステリ好きとは限らない、むしろミステリ好きの方が少数派、というところから始まる中盤以降の急展開は、米澤さんらしい皮肉が利いていて非常に面白かったです。
設定の妙が全編を通して楽しめました。


設定にひねりがあってミステリとしても面白かったけれど、登場人物も他の米澤作品同様、なかなか個性的です。
主人公の結城は、最初は平凡で特にこれといった特技もない地味な大学生という印象だったのが、途中から急に意外な素顔を見せ始めます。
他の登場人物も最初は名前と特徴が一致せず、印象がなかなか定まらないのですが、物語の中の時間が進むにつれて少しずつ個性が見えてくるのは、主人公と同じようにいきなり見知らぬ人たちと同じ空間に放り込まれた感があっていいと思いました。
謎の美女・須和名が最後まで謎でしたが、最後の終わり方は私はなかなか好きです。
ぜひ続編を期待したいところですが…そのつもりがあってああいうラストになったのならいいなぁ。


ガチガチの本格ミステリでありつつも、単なる本格ミステリでもない、というちょっと変わった感じがとても面白かったです。
個人的にはすごく好みの作品でした。
☆5つ。