tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『1950年のバックトス』北村薫

1950年のバックトス (新潮文庫)

1950年のバックトス (新潮文庫)


「野球って、こうやって、誰かと誰かを結び付けてくれるものなんだね」
忘れがたい面影とともに、あのときの私がよみがえる…。大切に抱えていた想いが、時空を超えて解き放たれるとき―。男と女、友と友、親と子を、人と人をつなぐ人生の一瞬。秘めた想いは、今も胸を熱くする。過ぎて返らぬ思い出は、いつも私のうちに生きている。謎に満ちた心の軌跡をこまやかに辿る短編集。

「時と人」をテーマにした短編集…ということで、北村さんの初期の代表作「時と人」シリーズ(『スキップ』『ターン』『リセット』)が好きな私としては読まないわけには行かないだろう、という作品。
今頃になって北村さんの短編の魅力にとりつかれつつある私です。


とは言ってもテーマは「時と人」に限らず、多彩な味わいを楽しめる作品集だと思います。
23の短編が収録していますが、1つ1つはとても短く、中には2〜3ページで終わってしまうような作品もあります。
それでも、そんな短い作品でさえ、読み終わった後に必ず何とも言えない感情が湧いてくるのです。
それはぞっとするような恐怖だったり、そうだったのか!という驚きだったり、思わずにんまり笑ってしまうような面白さだったり、胸がジンと熱くなるような感動だったり…。
本当に多種多様な読後感が味わえて、薄いのに大変お得な1冊です。


私のお気に入り作品をいくつか挙げてみたいと思います。
まずは一番最初の作品、「百物語」。
大学のサークルの先輩と後輩が順に怪談を語るという話なのですが、この作品自体が怪談としてとてもよい出来です。
最後の数行に思わず背筋がぞくっとしました。
次の「万華鏡」もホラーっぽいのですが、こちらは怖いというよりもちょっと不思議な話といった感じでしょうか。
これも最後の数行がぞくっと来ます。
そしてミステリファンとして見逃せないのが「真夜中のダッフルコート」。
宮部みゆきさんとの会話の中で生まれた「日常の謎」を題材にした落語調ミステリです。
謎解きも面白いですが、最後のオチもくだらないと思いつつ思わず笑ってしまいました。
「洒落小町」もくだらない駄洒落を題材にした作品ですが、ラストは思いがけずちょっと感動的なのがいいですね。
「百合子姫・怪奇毒吐き女」も面白い、…というかなんだか実際にありそうな感じのする話で好きです。
表題作「1950年のバックトス」では、おばあちゃんの意外な過去に驚き、最後は感動しました。
「ほたてステーキと鰻」は『ひとがた流し』の後日談ですよね。
ひとがた流し』のあの淡々とした空気感が好きだったので、それがまた味わえたことがうれしかったです。
ちょっと泣かせるところもいいですね。


薄い短編集なのに内容は盛りだくさんで、読み応えはたっぷりでした。
北村さんの独特の世界がたっぷり楽しめます。
☆4つ。