tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『カシオペアの丘で』重松清

カシオペアの丘で 上 (講談社文庫)

カシオペアの丘で 上 (講談社文庫)

カシオペアの丘で 下 (講談社文庫)

カシオペアの丘で 下 (講談社文庫)


丘の上の遊園地は、俺たちの夢だった―。肺の悪性腫瘍を告知された三十九歳の秋、俊介は二度と帰らないと決めていたふるさとへ向かう。そこには、かつて傷つけてしまった友がいる。初恋の人がいる。「王」と呼ばれた祖父がいる。満天の星がまたたくカシオペアの丘で、再会と贖罪の物語が、静かに始まる。

さすがは泣かせの重松節。
全編通して泣ける場面の連続なので、涙もろい人は決して人目があるところでは読んではいけない、そんな作品です。


末期の肺がんと診断され、余命宣告を受けた主人公・俊介。
妻子と共に東京で幸せに暮らしていた俊介ですが、死を目前にして償わなければならない罪を抱えていました。
傷つけてしまった肉親や幼なじみと再会し、ゆるされるために、俊介は捨てたはずの故郷へと戻ることになります。


生と死、償いとゆるしといった、重いテーマを扱った作品です。
それでも読んでいて涙は流れても、重くつらい気持ちにはなりませんでした。
語り口が重松さんらしくとても優しいことと、舞台が北海道であることが大きいのかもしれません。
美しい、満天の星空が望める大地はやはりいいですね。
数えるほどしか星の見えない、ほこりっぽい都会の街ではなく、さびれてはいても降るような星空の下の大地の方が、包容力があるように思います。
しかも北海道。
冬が来れば雪が積もって、全てを真っ白に染め上げてしまう。
罪も、後悔も、悲しみも、苦しみも全部雪の下に埋もれて、そして春が来たら少しずつ溶けて優しく澄んだ水に変わり、その後の大地からは新しいいのちの息吹が芽生えてくる…。
作中の、秋から冬へ、そして春へと移り変わってゆく北海道の風景と満天の星空が目に浮かぶようでした。
こんなところで最期を迎えられたら幸せだろうとも思いました。
でも、俊介が最後に本当に帰る場所は、もう故郷の北海道じゃないんですよね。
人間が最後に帰る場所は、自分を愛する家族のいる場所なのですね。
人間としての死に場所について考えさせられました。


死を悟った時に苦い後悔とともに自らが犯した「罪」に心が囚われるということも、分かるような気がしました。
2年前に亡くなった祖父は、晩年よく戦争の話をしていました。
母が「死ぬ前に子どもや孫に伝えとかなあかん、と思い始めたんやろうか」と言っていましたが、きっとその推測は正しかったのだろうと思います。
元気な頃は、戦時中に自分が出征したミャンマーへの慰霊ツアーに毎年参加していた祖父でしたから。
私たち遺される者に自らの体験を伝えることが、祖父にとっての贖罪だったのだと思います。
どんな人でも、ある程度の年月を生きていれば、「罪」とまでは行かなくても誰かを傷つけたりして、最後に謝りたいと思う相手がきっといると思います。
最後の最後にゆるされるために、何をすべきなのか…。
その答えのひとつを描いたのが、この作品なのだと思います。


重松清さんの作品の中では最長とのことですが、私は長さはあまり気になりませんでした。
ちょっと同じ言葉の繰り返しがくどく感じられるところもありましたが、涙とともに心のもやもやが洗い流されるような癒しをもった作品です。
☆5つ。