tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『鹿男あをによし』万城目学

鹿男あをによし (幻冬舎文庫)

鹿男あをによし (幻冬舎文庫)


大学の研究室を追われた二十八歳の「おれ」。失意の彼は教授の勧めに従って奈良の女子高に赴任する。ほんの気休めのはずだった。英気を養って研究室に戻るはずだった。渋みをきかせた中年男の声が鹿が話しかけてくるまでは。「さあ、神無月だ―出番だよ、先生」。彼に下された謎の指令とは?古都を舞台に展開する前代未聞の救国ストーリー。

『鴨川ホルモー』は京都の大学生たちのおバカな(いや真面目な?)戦いを描いた荒唐無稽な青春物語でしたが、今回の『鹿男あをによし』は奈良の女子高に赴任した大学院生の物語です。
主人公の年齢が前回よりも高めなためか、鹿や狐や鼠がしゃべったり地震の原因が大なまずだったりと荒唐無稽なファンタジーの要素を持ちつつも、終始落ち着いたトーンで話が進んでいきます。


ある日突然鹿に話しかけられた挙句、わけのわからないある「役目」を背負わされる羽目になる主人公。
赴任した高校では堀田という生徒に初日からいきなり嫌われてしまい、踏んだりけったり。
けれども「役目」を果たさなければ日本は滅んでしまうかもしれないという事実に直面して、主人公は鹿が求めてきた「目」を手に入れようと奮闘することになります。
鹿が話しかけてきたり、謎の頼みごとをしてきたり、という話の展開は面白いと思いつつも、けっこう早い段階で「狐の使い」の正体も「鼠の使い」の正体も見当がついてしまったこともあり、中盤くらいまではちょっとつまらないかも…なんて思いながら読んでいました。
けれども、終盤の展開はそれまでの伏線が一気に回収されて、非常に面白かったです。
ラストはちょっと切なくすがすがしい幕切れで、とても気分よく読み終えることができました。


最初に述べたようにファンタジーの要素が強い作品ですが、中盤の剣道の試合は学園スポ根ドラマのようでもあり、さらには日本古来の神話や邪馬台国、有名な和歌や俳句など、歴史や文学の要素もふんだんに取り入れられています。
歴史と文学の要素は、舞台の奈良という街とよく調和しているように思いました。
私には専門的知識がないので、歴史的な部分についてこの作品に書かれていることに妥当性があるのかどうか判断はつきませんが、あくまでもエンターテインメントとして読む限り、この作品は和風ファンタジーとしてとても面白いと思います。
奈良の史跡や神社仏閣も数多く作品中に描かれていて、ちょっとした奈良の観光ガイドブックとしての側面もあります。
それでいて夏目漱石の「坊っちゃん」を髣髴とさせる、文学的な香りのする作品でもあります。
個人的には『鴨川ホルモー』のバカさ加減がとても好きだったので、ちょっと今回は大人しい作品になっているという印象もありますが、作品としての質は上がっているように感じました。


さまざまな要素を盛り込んだ読み応えのある作品で、満足感たっぷりでした。
なんだか久しぶりに奈良に行きたくなったなぁ…。
そして、我が地元・大阪が舞台の『プリンセス・トヨトミ』を読むのが今から楽しみです。
☆4つ。