tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ミハスの落日』貫井徳郎

ミハスの落日 (新潮文庫)

ミハスの落日 (新潮文庫)


一面識もない財界実力者に呼び出された青年ジュアン。訪れたミハスの地で明かされたのは、亡き母の記憶と、30年前に起きた密室殺人の真相であった。スペインを舞台にした表題作他、憧れの女性に裏切られ、殺意を抱いた男が予期せぬ殺人事件に巻き込まれる「ストックホルムの埋み火」など5編。本格ミステリ、警察小説、そして驚愕のどんでん返し。貫井徳郎の全てが詰まった短編集。

どちらかというと読み応えたっぷりな長編が好きな私ですが、ちょっとここのところ本調子じゃないのでリハビリを兼ねて短編集に手を伸ばしてみました。
とは言え貫井徳郎さんの作品は短編と言えども内容が詰まっていて十分な読み応え。
それでいて文章はとても読みやすく適度な長さで、ちょうどよいリハビリになりました。


一言で言ってしまえば外国を舞台にした短編ミステリ5編を集めた短編集。
でも決してそんな簡潔な言葉だけでは言い表せないのがこの短編集の魅力です。
外国と言っても1か国だけではなく、アメリカからアジア、ヨーロッパ、イスラム圏まで、満遍なく世界中をカバーしています。
ちゃんと作者自身がそれらの国々へ取材をして書いた作品とのことで、街や観光地や現地の人々の様子まで、生き生きと自然に描かれています。
翻訳ものはほとんど読まない私ですが、外国を舞台にした話は好きなので、日本人作家の自然な日本語の文章で外国の話が読めたのは私にとってはとてもうれしかったです。


そしてもちろんミステリとしても十分楽しめます。
どんでん返しというか…それほど劇的に衝撃を受ける展開があるというわけでもないのですが、最初に読み始めたときに抱いた印象が、いつの間にかくるりとひっくり返されているという感覚の作品が多く、やられたなぁという感じでした。
その意味で一番印象に残った作品は「カイロの残照」ですね。
ある人物に対する印象が最初と最後では180度変わってしまいます。
これだけきれいにひっくり返されると気持ちがいいですね。
トリックに工夫があって一番本格ミステリに近い体裁なのが表題作の「ミハスの落日」。
もともと密室ものアンソロジーのために書かれた作品とのことで、密室トリックがポイントなのでしょうが、この作品のこのストーリーだからこそハマったトリックだと言えると思います。
しかもこのトリックは「後期クイーン問題」に絡んでいるのですね。
実は私はあまりよく知らないのですが(汗)、この短い短編の中にミステリマニアの関心をくすぐる要素までも組み込むとはすごい、と思いました。


さらにはどの作品も恋愛要素があったり、家族の物語でもあったり、ラストに何とも言えない苦く切ない余韻を残すいつもの貫井作品らしさもあったりで、本当に短編とは思えないほどしっかり中身の詰まった作品集でした。
ストーリーが印象的だったのは「ジャカルタの黎明」でしょうか。
ジャカルタの娼婦と客の日本人男性の話ですが、なんだかいろいろ考えさせられてしまいました。
貫井さんご自身は「短編は苦手」とツイッターで発言されていましたが、短編もなかなかハイレベルだと思います。
これだけいろんな要素を詰め込んでもごちゃごちゃした感じがせずきれいにまとまっている短編集はなかなかないのではないでしょうか。
また貫井さんの短編を読んでみたいです。
☆4つ。