tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『裏庭』梨木香歩

裏庭 (新潮文庫)

裏庭 (新潮文庫)


昔、英国人一家の別荘だった、今では荒れ放題の洋館。高い塀で囲まれた洋館の庭は、近所の子供たちにとって絶好の遊び場だ。その庭に、苦すぎる想い出があり、塀の穴をくぐらなくなって久しい少女、照美は、ある出来事がきっかけとなって、洋館の秘密の「裏庭」へと入りこみ、声を聞いた―教えよう、君に、と。少女の孤独な魂は、こうして冒険の旅に出た。少女自身に出会う旅に。

ここ最近心が乱される出来事が多くて集中力が続かず、読書もほんのちょっとずつしか進みませんでした。
この『裏庭』は個人的には好きなタイプの作品だし、調子のいい時ならもっと楽しく読めたかなぁと思うのでちょっと残念です。
またいつか再読してみようと思いますが、とりあえず今の思いを記しておきます。


仕事に忙しい両親に放置され気味の少女・照美が、近所のお屋敷から「裏庭」と呼ばれる異世界へと旅立つというファンタジー小説です。
「裏庭」では奇妙な生き物や不思議な風景が広がり、照美はその世界を旅することになりますが、よくあるファンタジー冒険小説とは違ってわくわくするような楽しさがある冒険物語ではありません。
生と死という重いテーマが横たわり、ちょっとグロテスクで残酷なモチーフもたくさん登場する、奥深くて重厚な世界観を持った物語です。
第1回児童文学ファンタジー大賞受賞作ということなので、子どもが読むことも想定して書かれた作品なのでしょうが、けっこう難しい言葉も使われているし、本当に小さい子どもが読むには怖いシーンも多いので、子どもと言っても中学生くらいが対象でしょうか。
私はと言うと全く児童文学とは思わずに読んでいました。
大人向けの童話、って感じかなぁ。
正直、あまり調子がよくない時に読んだということを差し引いても、1回読んだだけでこの物語の全てを読み解けたとは到底思えません。
それくらいにさまざまな含蓄を含んだ、深みを持った作品だと思います。
裏を返せば抽象的で分かりにくい物語だとも言えるのでしょうが、それだけ読み応えがあるということでしょう。


私が一番印象的に感じたのは、傷を癒す人々の話でした。
その人たちとの出会いを通して照美は、自分が負った傷を治したり、目をそらしたりするのではなく、傷は傷のままで自分の中に抱えたまま生きてゆくということの大切さを学びます。
「癒し」というものがもてはやされる現代において、その風潮に疑問を投げかけるような、意味深なエピソードだと思いました。
無理に治そうとしなくても、傷口が開いたままでも、光に向かって歩いていけるような強さが必要なのかもしれない…などと考えさせられました。
また、照美とその母「さっちゃん」、そしてさらにその母(照美の祖母)という母子3代の繋がりも印象的でした。
命のリレーを繋いで生きている私たちにとって、自分のルーツをたどり、知るということは、自分自身を見つけるために必要なことなのかもしれません。


ちょっとダークな、でもイギリスの異国情緒やノスタルジーも感じられる不思議な味わいの作品でした。
☆4つ。