tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『四畳半神話大系』森見登美彦

四畳半神話大系 (角川文庫)

四畳半神話大系 (角川文庫)


私は冴えない大学3回生。バラ色のキャンパスライフを想像していたのに、現実はほど遠い。悪友の小津には振り回され、謎の自由人・樋口師匠には無理な要求をされ、孤高の乙女・明石さんとは、なかなかお近づきになれない。いっそのこと、ぴかぴかの1回生に戻って大学生活をやり直したい!さ迷い込んだ4つの並行世界で繰り広げられる、滅法おかしくて、ちょっぴりほろ苦い青春ストーリー。

これまた森見ワールド全開!
私の母は回りくどくて理屈っぽい文体がちょっと苦手と言っていますが、私は文体も世界観も全部ひっくるめて森見ワールド大好きです。


主人公は堕落した大学生活を送る京都の大学3回生(「京大生」とはどこにも書いていないところがミソ)。
日本で一、二を争う最高学府の学生のはずなのに、やることなすこと阿呆で馬鹿馬鹿しくて、可笑しくてちょっと切ない。
古く汚いおんぼろ下宿の四畳半というきわめて狭い世界で繰り広げられる珍妙な大騒動、一癖も二癖もある登場人物たち、妙な存在感を放つさまざまなアイテム…。
これだけ読むとかなり個性の強い世界で、果たして凡人にその世界についていけるのかと思ってしまいますが、実は青春時代の痛さやはかなさ、さまざまな人間の集まる大学の混沌として賑やかな世界は、大学生活を送ったことのある人間なら誰でも共感できるものだと思います。
「バラ色で有意義なキャンパスライフ」というものが「幻の至宝」であるということに関しては、少なくとも私は異論なしです(苦笑)
いや、もちろん「バラ色で有意義なキャンパスライフ」を送ることのできる大学生もいるのでしょうが、そんなのきっとごく一部。
多くの大学生は勉学を究めることもできず、クラブやサークルで人に誇れるような実績を残すこともできず、理想通りの恋人をゲットして愛あふれる毎日を送ることもできず、アルバイトに励んでも結局ビンボーで…そんな学生生活しか送ることはできないのです。
…え、そうだよね?(汗)


この作品はちょっと奇妙な構成になっていて、最初は「あれ?」ととまどいました。
でも作者が描こうとしている世界が分かってくると面白い。
人生にはいろいろな選択肢がある。
いや、人生なんて大きな枠組みで見なくても、毎日毎日私たちは小さな選択を積み重ねて暮らしている。
その選択が少し違ったものだったら、もしかして全然違う人生を送る結果になっていたかも…と思うのは実は甘いのかもしれませんね。
宮部みゆきさんのSF作品『蒲生邸事件』で、タイムスリップをした人物が過去のある時点で例えば歴史上の重要人物を殺したとしても、結局最終的には歴史がまるっきり変わるというようなことはないのだ、ということが書かれていましたが、それと同じようなことがこの作品でも書かれているのではないかと思いました。
どんな選択をするにしても、その選択をする人が同じ人物で、性格も行動パターンも変わらない以上、最終的には同じ結末にたどり着く…というのは納得できるような気がします。
…と真面目に考察などしてみたけれど、実は主人公と奇妙な友人・小津との「黒い糸」が描きたかっただけの作品なのだったりして…。
ま、それはそれで恐ろしいまでの因縁が面白いですが。


SF風青春小説という感じで面白かったです。
でも『夜は短し歩けよ乙女』ほどのパンチ力はないかな。
☆4つ。