tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『楽園』宮部みゆき

楽園 上 (文春文庫)

楽園 上 (文春文庫)


楽園 下 (文春文庫)

楽園 下 (文春文庫)


未曾有の連続誘拐殺人事件(「模倣犯」事件)から9年。取材者として肉薄した前畑滋子は、未だ事件のダメージから立ち直れずにいた。そこに舞い込んだ、女性からの奇妙な依頼。12歳で亡くした息子、等が“超能力”を有していたのか、真実を知りたい、というのだ。かくして滋子の眼前に、16年前の少女殺人事件の光景が立ち現れた。

大作『模倣犯』で犯人を最後に追い詰めるという大きな役割を果たしたライター・前畑滋子を主人公にした長編小説です。
『模倣犯』の続編と言うよりはスピンオフ作品と言った方が正確かもしれません。
宮部さんの現代長編ものは久々でしたが、時代小説やファンタジーも好きだけど、やっぱり私は現代ものが好きだと思えました。
しかもこれまた久々なことに、「超能力」を扱っている作品でもあります。
『龍は眠る』『鳩笛草』『クロスファイア』『天狗風』など、超能力を扱った作品をいくつか書いておられる宮部さんですが、今回『模倣犯』の世界に超能力を持ち込んだことには賛否両論あるかと思います。
私は宮部さんの超能力ものは好きなので楽しめました。
宮部さんが描く超能力者は、その能力ゆえに苦しんだりつらい目に遭ったりと、あまり幸福でないことが多いですが、それが切なく胸に迫るストーリーを作り上げているところがよいと思います。


でも、今回は滋子が調査を始めるきっかけこそ超能力ですが、あくまで超能力は話のアクセントに過ぎないように思います。
一番のテーマは親子関係でしょうか。
この作品にはさまざまな「親」が登場します。
たった一人の家族でもあった最愛の息子・等を交通事故で突然亡くした萩谷敏子。
手に余る不良娘と化した娘・茜を手にかけた挙句自宅の地中に埋め、もう一人の娘・誠子にもその事実をひた隠しにし続けた土井崎夫妻。
ネタバレになるので書けませんが、物語後半にも非常に印象的な母子が登場します。
そして、夫婦関係は悪くなく、むしろかなり良好なのに、望んでも子どもに恵まれなかった滋子がこうした親子関係に関わる事件を追うというのは少し皮肉なことのようにも思われます。
ですがさすがは宮部さん。
それぞれの親子関係を情感たっぷりに、非常に細かいところにまで突っ込んで丁寧に描いています。
特に敏子と等の親子と萩谷家の複雑な家庭事情についての部分は、まるでドキュメンタリーのように細部まできっちり描かれていて、一つの家族の肖像が目の前にくっきりと描き出されるかのようでした。
土井崎家にまつわる話も、近所の人々への聞き込みも交えていろんな角度から描いているので、読み進めるうちに実際に存在する家族に関する記事を読んでいるかのような感じがしてきます。
この辺りは直木賞を受賞した『理由』と同じようなドキュメンタリータッチの手法が功を奏していて、非常に読み応えがありました。


もう一つのテーマは『模倣犯』とも共通するテーマだと思いますが、「犯罪によって破壊された人生」ではないかと思いました。
直接の被害者や遺族ではなくても、犯罪はその事件の関係者を1人残らず不幸にする、という考え方が宮部さんの中に存在していて、その考え方を立脚点に書かれたのが『模倣犯』と『楽園』なのだと思います。
『模倣犯』では滋子も含め、1人の青年が起こした凶悪事件に関わった多くの人々に深い傷跡を残しました。
本作品は事件から9年経ち、ようやくライターとしての仕事を再開し、立ち直り始めた滋子の姿を描いています。
そして再び滋子は犯罪によって人生を破壊され、今後もずっと破壊され続ける人たちに関わることになるのです。
これを滋子は「喪の仕事」と称していますが、宮部さん自身が『模倣犯』の続きの世界を書くことで、作家として一つの区切りをつけたのではないかなぁという気がしました。
なんとなくですが、滋子は作者自身が投影された人物のように感じられるのです。
滋子が土井崎夫妻の事件を追うことで心の整理をつけ、「模倣犯」事件を客観的に振り返ることができるまでに立ち直ったように、宮部さんもこの作品を書くことによって『模倣犯』を書き終えた後に残ったものを清算したのだと思います。
それほどまでに『模倣犯』というのは重い作品でしたからね。
そう考えると、この先に宮部さんが書かれる現代長編ものがどのような作品になるか、とても楽しみです。


善良な人間も悪い人間もいろいろ登場しますが、宮部さんの視点は相変わらず厳しくも優しいですね。
読んでいて涙が出そうになる箇所がいくつもありました。
また、滋子と滋子の夫との会話は微笑ましい部分が多くて、この重い物語の中でいい癒しになっていました。
次作も楽しみにしています。
☆5つ。