tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『イノセント・ゲリラの祝祭』海堂尊

イノセント・ゲリラの祝祭 (上) (宝島社文庫 C か 1-7)

イノセント・ゲリラの祝祭 (上) (宝島社文庫 C か 1-7)


イノセント・ゲリラの祝祭 (下) (宝島社文庫 C か 1-8)

イノセント・ゲリラの祝祭 (下) (宝島社文庫 C か 1-8)


『このミス』大賞を受賞した『チーム・バチスタの栄光』が、300万部を記録。
瞬く間にシリーズ累計780万部を突破し、人気シリーズとなった田口・白鳥コンビ最新作の文庫版が登場!
このミステリーがすごい! 2008年版』に掲載された短編「東京都二十三区内外殺人事件」をプラスした全面改稿版。
医療行政の本丸・厚生労働省で行なわれた会議に、不定愁訴外来担当の田口を招聘した厚労省の変人役人・白鳥。迷コンビ、田口・白鳥が霞ヶ関に乗り込み大暴れ!?
現代医療のさまざまな問題点を鋭く描きだすエンターテインメント。

チーム・バチスタ」シリーズ4作目。
少しずつミステリから離れていっていたこのシリーズですが、もう完全にミステリではなくなってしまいましたね。
まぁそれはそれで面白いからいいかな。


今作は小説というよりほとんどノンフィクションと言ってもいいような、医療と司法の対立の構図、そして厚生労働省の問題点が現実に即して描かれた作品です。
相変わらず厚労省のモンスター官僚・白鳥に振り回される東城大病院不定愁訴外来担当の田口講師。
今回は白鳥によって、厚労省での会議に引っ張り出されます。
しかも医療事故調査委員会設置検討会の検討委員にまで抜擢(?)され、司法界、法医学界、病理学会、厚労省のお歴々との議論の場にも出ることに。
解剖の実施率が極めて低く、死因が不明のまま荼毘に付されてしまう遺体が非常に多いという現実に対し、田口は医療界代表として一石を投じることができるのか―と言いつつ、実際のところ医療界にとって理想の医療のために策をめぐらせるのは田口ではなく、途中から登場する田口の後輩・彦根なのですが。


とにかく延々と会議の場面が続き、基本的におっさん(一部例外あり)たちが予定調和的な議論を繰り広げているだけの作品でありながら、読者を退屈させずに最後まで読ませる作者の手腕には毎度のことながらお見事と舌を巻かざるを得ません。
それは海堂さんご自身が医者として実際に目の当たりにしている医療の問題点をそのまま描いているため、並々ならぬ説得力があるからなのでしょう。
海堂さんがこのシリーズで世に訴えようとしている要点は、「死亡時医学検索」の重要性です。
素人にはなかなか理解しがたいこの問題について、読みやすい小説というかたちで世に知らしめた海堂さんの功績はやはり大きいのではないかと思います。
個人的には「心不全は死因不明と同義である」ということにへぇ〜と思いました。
有名人の訃報でも死因が「心不全」となっていることは少なくないという印象ですが、それは全部、「詳しい死因はよく分からないけれど、死亡診断書に死因不明とは書けないからとりあえず心不全という病名を与えてみました」ということなんですね。
でも、もしも「死亡時医学検索」の制度が確立し、遺体をCTスキャンにかけるなどして画像情報を得ることができるようになれば、「死因不明」の死は減少し、事件性のある死を見逃す(時津風部屋の力士暴行致死事件などがその一例ですね)ことも避けられるだろう、というのが海堂さんの持論です。
確かに…80歳を超える人であれば死因が不明と言われても、「歳が歳だからどこかに隠れた病気があったんだろう」ということで納得がいかないこともないですが、それまで元気だった若い人が突然亡くなったとして、「死因不明」では納得できないだろうと思います。
そして、人間をなるべく長く生かすことが医療の目的であるならば、死因をきちんと究明して今後の医療の発展に役立てることはとても大切だと思います。
医療のど素人である私にも、海堂さんの主張はとてもよく分かりました。


そのほか、医師法第21条の問題(異常死発生時には24時間以内に警察への通報を義務付けているが、異常死の定義付けは行われていない)や医療と司法の分離の問題、さらには医療庁創設の提案というところまで海堂さんの持論は発展していきます。
それにしても海堂さんはよっぽど厚労省がお嫌いなんですね(笑)
医療の現場で汗を流して働く医師たちの意見がなかなか通らないことに対する苛立ちと不満をぶちまけたのが本書、という印象を持ちました。
気持ちは分からなくもありませんが。
「医療は労働の問題と一緒くたに扱えるほど軽い問題ではない」という主張には私も同感です。
医療庁の創設も確かに今後必要なことなのかもしれないと思いました。
で、やっぱりメタボ検診は厚労省の陰謀なんですか…そんな気がしてたよ。
本当に予防医学で医療費増大を食い止めたいなら、もっと他にやることがあるでしょう…例えば禁煙・分煙のさらなる推進とか。
現役の医師の視点からの痛烈な厚労省批判は、なかなかに面白かったです。


主役であるはずの田口先生が後半影が薄くなってしまったのがちょっと残念なのと、もっと医療現場の様子を読みたいという不満もありますが、これはこれで面白かったです。
☆4つ。