tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ラッシュライフ』伊坂幸太郎

ラッシュライフ (新潮文庫)

ラッシュライフ (新潮文庫)


泥棒を生業とする男は新たなカモを物色する。父に自殺された青年は神に憧れる。女性カウンセラーは不倫相手との再婚を企む。職を失い家族に見捨てられた男は野良犬を拾う。幕間には歩くバラバラ死体登場―。並走する四つの物語、交錯する十以上の人生、その果てに待つ意外な未来。不思議な人物、機知に富む会話、先の読めない展開。巧緻な騙し絵のごとき現代の寓話の幕が、今あがる。

だいぶ前に買ったまま、ずっと積読だった作品。
もっと早くに読むべきだったかなぁ?


5つの異なる視点の物語が、それぞれどこかで繋がっている…。
群像劇でありながら、ひとつの大きな物語の部分部分を取り出して見せているだけのようにも見えて、とても面白い構成の作品でした。
冒頭にエッシャーの有名な騙し絵が挿入されていますが、まさにこの騙し絵を物語化したかのようで、どこがどうリンクしているのか読み解いていくのが楽しかったです。
あまりこの辺りの構成に詳しく言及するとネタバレになってしまいそうですが、とにかくよく練られた極上のパズルのような物語です。
読んでいる間は頭の中で上手く整理しないと混乱してしまいますが、読み終わってみれば納得。
伊坂さんらしいひねりが効いていて、面白い趣向だと思います。


一つ一つの物語もそれぞれ読み応えがありました。
特によかったのは黒澤パートと豊田パート。


黒澤は『重力ピエロ』『フィッシュストーリー』にも登場する伊坂作品ではおなじみの人気キャラクターで、「プロの泥棒(空き巣)」です。
泥棒ですからもちろん犯罪者な訳ですが、黒澤の場合は彼なりの美学があって、なんだか悪い人じゃなさそうな感じがするのが人気の秘密でしょうか。
黒澤のセリフはどれも含蓄があって深く印象に残ります。
たとえば、人生に失敗したと告白する元同級生の佐々岡に対してのこの言葉。

「でもな、人生については誰もがアマチュアなんだよ。そうだろ?」
佐々岡はその言葉に目を見開いた。
「誰だって初参加なんだ。人生にプロフェッショナルがいるわけがない。まあ、時には自分が人生のプロであるかのような知った顔をした奴もいるがね、とにかく実際には全員がアマチュアで、新人だ」


277ページ 7〜11行目

この映画の主人公のようなセリフ!
伊坂作品ではおなじみの言い回しではありますが、かっこいいですねぇ。


豊田は会社をリストラされ、再就職のための面接に40連敗中の冴えない中年無職男。
絶望の真っ只中にある豊田がひょんなことから年老いた野良犬を拾い、物騒なものを手に入れ、危険な目に遭い…といったさまざまな出来事をくぐり抜けた後に彼が達した境地に希望を感じました。
もうこれ以上落ちることはない、というどん底の状態の人間は実は強いですね。
落ちるところまで落ちたら、後は這い上がるしかないのだから。
そして、どんなどん底状態からでもどうにかして這い上がっていけるのが人間という生き物なのでしょう。
タイトルの「ラッシュライフ」という言葉の多義性は、豊田の人生にこそ象徴されているような気がしました。


伊坂さんの他の作品とのつながりを見つけるのも楽しいこの作品、刊行順には読んでいない私でも十分楽しめました。
この作品のように、自分が取った何気ない言動が見知らぬ他の誰かの人生に繋がっているのかもしれないと想像すると、なんだか楽しい気分になれます。
新年早々よい読書ができました。
☆5つ。




♪本日のタイトル:Mr.Children 「彩り」 より