tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『フィッシュストーリー』伊坂幸太郎

フィッシュストーリー (新潮文庫)

フィッシュストーリー (新潮文庫)


最後のレコーディングに臨んだ、売れないロックバンド。「いい曲なんだよ。届けよ、誰かに」テープに記録された言葉は、未来に届いて世界を救う。時空をまたいでリンクした出来事が、胸のすくエンディングへと一閃に向かう瞠目の表題作ほか、伊坂ワールドの人気者・黒澤が大活躍の「サクリファイス」「ポテチ」など、変幻自在の筆致で繰り出される中篇四連打。爽快感溢れる作品集。

伊坂さんとしては珍しく、ストーリー上のつながりはないバラバラの4つの作品が収録された短編集です。
連作短編集ではないとは言え、伊坂ワールドに共通のキャラクターが登場したり、ちょっと可笑しいウィットに富んだ会話などはやはりいつもの伊坂作品でした。


個人的に一番気に入ったのは「ポテチ」でしょうか。
職業は空き巣(!)の今村が憎めないキャラクターで、いい味を出しています。
その今村が慕う空き巣業の先輩、黒澤(伊坂作品ではおなじみのキャラクター)や、今村の母親もそれぞれの個性を発揮してしっかりと脇を固め、彼らと主人公の大西(今村の恋人)との会話がとても楽しめました。
ラストはできすぎな感じもするのですが、妙に感動してしまいました。
それから、この作品を読むと「双子の兄弟と幼馴染みとの恋愛を描いた、高校野球の漫画」が読みたくなっちゃいますね(笑)


表題作の「フィッシュストーリー」もとてもよかったです。
売れないロックバンドが最後にレコーディングした曲の途中にある謎の無音部分にまつわるエピソード、そしてその曲を聴いた人がちょうど無音部分にさしかかった時に遭遇したある出来事…。
偶然に偶然が重なって、結果的に時を越えてその無名の曲が世界の危機を救うという奇跡のような物語。
まさにタイトルどおり、壮大な「fish story=ほら話」なのです。
思うに伊坂さんは大の音楽好きなんでしょうね。
アヒルと鴨のコインロッカー』でも、『死神の精度』でも、「音楽」が物語に効果的に使われていました。
無名のバンドの無名の曲でも、いつか誰かに届いて何かを救うこともあるかもしれない…。
そんな音楽に対する伊坂さんの優しい思いと想像力から生まれた作品ではないかと思いました。


他2編は、「ポテチ」と同じく空き巣の黒澤が登場する、東北のある山奥の村の因習を描いた作品「サクリファイス」と、夜の動物園でシンリンオオカミの檻の前で寝転んでいる元飼育員の男・永沢の謎を描いた「動物園のエンジン」。
「サクリファイス」はラストのオチが伊坂作品らしくて好きです。
「動物園のエンジン」は、実は巻末の解説を読んでビックリ。
…これって○○トリックだったんだ!?
珍しいことに全くミスリードに引っ掛からなかった…どころか、仕掛けがあったことにすら気付かなかった私。
う〜ん、こんなこともあるんですね。
単にボーッと読んでて訳が分かってなかっただけかな(汗)


全くバラバラの短編集ではありますが、どれも伊坂さんらしい、味わい深い作品ばかりです。
どの作品もとぼけた雰囲気があるのですが、その裏に隠されているものはけっこう深いのではないかと、いろいろ考えてみるのが楽しかったです。
個人的には短編集は連作形式の方が好きだけど、こういうのもいいですね。
☆4つ。