tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ブラバン』津原泰水

ブラバン (新潮文庫)

ブラバン (新潮文庫)


一九八〇年、吹奏楽部に入った僕は、管楽器の群れの中でコントラバスを弾きはじめた。ともに曲をつくり上げる喜びを味わった。忘れられない男女がそこにいた。高校を卒業し、それぞれの道を歩んでゆくうち、いつしか四半世紀が経過していた―。ある日、再結成の話が持ち上がる。かつての仲間たちから、何人が集まってくれるのだろうか。ほろ苦く温かく奏でられる、永遠の青春組曲。

津原泰水さんの作品は初めて読みましたが、ミステリ作家というイメージがあったのでちょっと意外な感じのする作品でした。


1980年代初め、広島の高校の吹奏楽部でコントラバスを担当していた他片(たひら)。
その後時は流れ、四十路を迎えた彼の許に、当時の吹奏楽部員の一人が自分の結婚式で演奏するために、当時のブラバンを再結成しないかという話が舞い込みます。
早速懐かしい仲間たちに連絡を取り、楽器をかき集め、練習場所を確保して、再結成に向けて動き出しますが…。
現在の話と、主人公の他片が回想する高校時代の話とが入り混じって、ちょっとごちゃっとして分かりにくい構成になっているのは否めません。
それでも、輝いているばかりではなく痛みも伴ったほろ苦い青春の思い出の物語として、ロック・ジャズ・クラシックなど、ジャンルを問わない音楽への愛情が詰まった物語として、この作品は十分魅力的な物語だと思いました。


回想の物語はひとつひとつのエピソードに味わいがあっていいですね。
特に他片がお父さんにエレキベースを買ってもらうくだりがジーンと来ました。
自分の好きなものが親にも認めてもらえて、自分が欲しいと思っていたものよりもいいものを買ってもらえたその喜びはどんなに大きいことかと思います。
でも青春時代というのはいい思い出ばかりではなくて、思い出すのがつらいようなことや後悔に満ちた思い出も多々あるものです。
そんな、誰にでもある青春の思い出を、広島弁の会話文がよりいっそう味わい深いものにしているような気がします。
ちょっと広島弁の言葉がよく分からない部分もあったけど、関西弁と似通った部分もあり、響きやイントネーションはなんとなく想像できるので、もともと方言好きの私としてはなかなか楽しめましたが、関東の人なんかだと全然分からなかったりするのでしょうか…?


音楽に関する薀蓄もすごいですね。
楽器のこと、世界のミュージシャンのこと、オーディオのことなどから音楽の歴史まで、幅広い音楽の薀蓄が熱く語られていて、作者の音楽への愛情が伝わってきます。
門外漢の私には正直よく分からない部分も多く、なんとなくコブクロの黒田さんのオーディオ語りブログを読んでいるような気分でしたが(…ってコブクロファン以外の方にはわけの分からない感想でごめんなさい・汗)、音楽への熱い想いと、音楽の楽しさは十分に伝わってきました。
ですが、主人公をはじめ、他のブラバンのメンバーも、大人になってからも音楽を続けている人というのはごく少数です。
音楽が好き、楽器が好きという気持ちがあっても、時間的・金銭的な余裕がなかったり、練習する場所がなかったりと、楽器を演奏するという趣味を大人になってからも続けていくことはかなり難しいことだと思います。
だからこそ、高校時代のブラバンの再結成というのは実現の難しい夢であり、それゆえに心を震わせてくれるものなのでしょうね。

楽器なんか適当でええ。下手くそでええ。学校のブラバンなんか、ほんまはそういうもんじゃ。大勢が集まって必死になってでかい音を出して、それが誰かの耳に届いたら―いや届かんでも、それでえかったんじゃ。就職して結婚して子供が出来て、楽器を手にする暇も無いなって、昔の必死の練習なんかぜんぶ無駄じゃったいうて悔やんだもんじゃが、他片の、それでえかったんよ。音楽なんか無駄なんじゃ。ほいじゃけえこそ、いつまでも輝いとる


99ページ 8〜13行目より

たとえ素人の、技術的に上手いとは言えない演奏であったとしても、音楽を奏でるという行為はすばらしいものだなぁと思います。
作中でも主人公が語っている通り、音を発し、つなぎ、奏でるということは、人類史上最高の発明なのかもしれません。
☆4つ。