tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『BG、あるいは死せるカイニス』石持浅海

BG、あるいは死せるカイニス (創元推理文庫)

BG、あるいは死せるカイニス (創元推理文庫)


星降る夜、天文部の観測会に参加したはずの姉が何者かに殺害された。男性化候補の筆頭で、誰からも慕われていた姉が、何故?さらに期末試験が終わった日、姉の後継者と目されていた小百合までもが被害に。姉が遺した謎の言葉“BG”とは果たして何を意味するのか―。全人類が生まれた時はすべて女性、のちに一部が男性に転換するという世界を舞台にした学園ミステリの意欲作。

石持浅海さんといえば奇抜な設定のミステリ、だけど…。
この作品は奇抜さにおいては群を抜いています。


なにしろ、舞台は一見ちょっと昔(ソウルオリンピックや共通一次なんて言葉がチラッと出てくるので)の日本なのですが、パラレルワールドというのか何なのか、現実の世界と大きく異なる部分がある異世界です。
その大きく異なる部分とは、人類は皆、最初は女として生まれるということ。
その後結婚・妊娠・出産を経て、生物として優秀な人間のみが男性に転換するのです。
このかなり特異で斬新な設定に最初はとまどいましたが、実にうまく緻密に作り上げられた世界にだんだん引き込まれていきました。


主人公は女子高校生の遥。
遥の異母姉妹の姉・優子は美しく非常に優秀で、男性化候補の筆頭とも言われています。
この優子と遥が異母姉妹である理由というのが、優子の母親が優子を出産後に男性化し、遥の母親と結婚して遥が生まれたから…う〜ん、なんてややこしい…(^_^;)
それはともかくとして、ある日優子が深夜の学校内で殺されるという事件が発生します。
奇妙なのは、優子が服を脱がされかかっていたことでした。
女性の方が圧倒的に数が多いこの世界では、男性は人類存続のため半ば強制的に複数の女性と結婚することが求められるため、性欲を満たすために暴力に訴える必要は全くありません。
つまり、優子を殺した犯人は男性ではないのか、それとも…?
なんだか普通のミステリではありえないような謎が焦点になっていて、とても新鮮な感じがしました。
また、タイトルにもある「BG」というのが一体何なのかも大きな謎のひとつになっています。
「BG」は、特に優秀な男性のことを指すだとか、都市伝説的なもので実在するかどうかは定かではないだとか、さまざまな情報が次々に登場し、次第にこの「BG」こそが事件解決の大きな鍵になっているということが分かってきます。
このあたりは、題材は特異ではありますが展開としてはミステリの王道とも言えるもので、ミステリが好きな人なら大いに楽しめること間違いなしです。
特異な設定も綻びなく非常によく考えられており、その特異な設定ならではの謎解きがとても魅力的です。


こういう設定の話だと、否応なく「性」について考えさせられるところがありますね。
ちょっとジェンダー論っぽい話になるかもしれませんが、冒頭にとても印象に残った言葉がありました。

「優れた人間になるには、精進が欠かせないでしょう。それは男も女も同じこと。それなのに世間は、男に関しては、男になったというだけで、優秀さを要求してしまう。生物として優秀なのと、人間として優秀なのは別なのにね。男は男になったというだけで、人間としても優秀にならなければならない。だから面倒くさいの」


10ページ 5〜8行目

いや、これって、この現実の世界でも同じなんじゃないかな。
女性よりは男性の方が優秀さを求められることは多いのではないでしょうか。
それは男性優位社会だから、とも言えるのかもしれませんが、何かと男性の方が責任が重かったり、強くなければならない(精神的にも肉体的にも)という風潮が間違いなくあると思います。
こんなことを言ったらフェミニスト(女性に優しい人という意味ではなく、田○陽子先生のような…)の方々に怒られるかもしれませんが、私はだからこそ女性に生まれてよかったと思っています。
いや、男性に生まれなくてよかった、と言った方が近いかな。
男性の方がいろいろ大変そうだもん。
生まれ変わってもぜひ女性になりたいと思っている私です。
それにしてもこの作品のような世界は怖いなぁ。
男であれ女であれ、どちらか一方の性に偏った状態というのは本質的によくないことではないかと思いました。


ミステリとしても、ジェンダーについて考えさせられる物語としても、とても読み応えがあって、今まであまり読んだことのないような新鮮な感じのする作品でした。
☆4つ。