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『心臓と左手 座間味くんの推理』石持浅海

心臓と左手―座間味くんの推理 (光文社文庫)

心臓と左手―座間味くんの推理 (光文社文庫)


ミステリーにおける最大の謎は、人の心の奥深くにある―。警視庁の大迫警視が、あのハイジャック事件で知り合った「座間味くん」と酒を酌み交わすとき、終わったはずの事件は、がらりとその様相を変える。切れ味抜群の推理を見せる安楽椅子探偵もの六編に、「月の扉」事件の十一年後の決着を描いた佳編「再会」を加えた、石持ミステリーの魅力が溢れる連作短編集。

沖縄・那覇空港で起こったハイジャック事件を描いた『月の扉』で英雄的活躍を見せた青年、通称「座間味くん」が、当時の事件関係者の大迫警視と東京の書店で偶然再会したことをきっかけに、座間味くんが大迫警視が語る事件の裏側にある謎を解くという短編集です。
短編集とは言えさすがに石持浅海さんが書くミステリはちょっと変わっています。


まず変わっているところ一点目は、座間味くんが謎解きをする事件が全て解決済の事件だというところ。
よく探偵ものにあるような、事件が迷宮入りして困った警察が名探偵に事件の解決を依頼するというようなミステリではありません。
大迫警視はテロなどの特殊犯罪を担当する刑事です。
だからこそということもあるのでしょうが、大迫警視としてはあくまでも解決済の、事件の関係者ではない一般人に多少話しても差し支えない事件だからこそ座間味くんに話して聞かせているのです。
ところが頭の切れる座間味くんは、大迫警視の話を聞いただけで、その事件の不自然な部分を見出し、見事なロジックの組み立てで警察が見落としていた新たな視点から事件を見つめ直し、隠されていた真相を暴きだします。
一度は終わったはずの、一見筋が通っているように見える事件の裏側に隠されていた意外な真実が表へと引きずり出されてくる様子が面白く、ミステリの醍醐味を十分に味わえる作品となっています。


もう一つ変わっているのはその事件の特殊性でしょうか。
大迫警視が関わっている事件はどれも単純な殺人事件ではありません。
過激派だったり、新興宗教団体だったり、環境保護団体だったり…そんなちょっと怪しげな、きな臭い感じのする集団が関係する事件が多いのです。
そのためかペットボトルを利用した自作兵器だとか、生物兵器だとか、凶器(となりうるものも含めて)も何やら物騒です。
事件の真相の意外さというよりは、設定の奇抜さに驚かされる作品もありました。
表題作「心臓と左手」は特に強烈な印象が残りました。
ちょっと…いやかなり、グロかった…。
でもそれが絶対に起こり得ない事件かというと、そんなことはない気がするのがまた怖いです。


犯人の糾弾を目的に謎解きをするのではないというのが座間味くんの謎解きの大きな特徴でしょうか。
基本的にはすでに解決済の事件であり、真相を世間に公表せず大迫警視と座間味くんの胸の中に留めておいても誰も不利益は被らないということを理由に、座間味くんは刑事相手に謎解きを披露はしても、裏で暗躍していた人物の罪を問おうとはしません。
それでもすんなりとその結末を受け入れることができ、すっきりとした気分で作品を読み終えることができるのは、やはりきれいに謎が解かれる爽快感があるからなのでしょう。
難点を挙げるなら、座間味くんの本名が明らかにされておらず、ずっと「彼」で通されているので、時々その「彼」が大迫警視のことを指しているのか座間味くんのことなのか少し戸惑うことがありました。
とは言え、全体的にはそれほど問題になることはなく楽しめました。
最終話「再会」の、ちょっと他の作品とは毛並みの違う『月の扉』の後日譚もなかなかよかったです。
☆4つ。