tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『きつねのはなし』森見登美彦

きつねのはなし (新潮文庫)

きつねのはなし (新潮文庫)


「知り合いから妙なケモノをもらってね」篭の中で何かが身じろぎする気配がした。古道具店の主から風呂敷包みを託された青年が訪れた、奇妙な屋敷。彼はそこで魔に魅入られたのか(表題作)。通夜の後、男たちの酒宴が始まった。やがて先代より預かったという“家宝”を持った女が現われて(「水神」)。闇に蟠るもの、おまえの名は?底知れぬ謎を秘めた古都を舞台に描く、漆黒の作品集。

なんとも言えない、独特の雰囲気を持った作品でした。
ホラーのような、ファンタジーのような、懐かしい昔話のような。
『夜は短し歩けよ乙女』に代表される、コミカルでユーモアのある作品とはまた違うのですが、上品な文体で描かれたその幻想的な世界は、京都という街のまた違った一面を確かに表現しているのだと思います。


闇夜にうごめく、得体の知れない生き物の気配。
その正体がはっきりと描かれないだけに、想像力をかきたてられます。
ミステリのように謎めいていながら、その謎が解かれるわけではなく、最後まで謎は謎のまま、ただ不思議で奇怪な出来事が起きて終わりという話ばかりなので、すっきりしない感じは残りますが、むしろこの連作短編集はそのすっきりしない、謎めいた雰囲気を楽しむ作品なのでしょう。
怖い話が苦手な人や、論理的に説明のつく謎しか受け付けないというような人には向かない作品だと思います。
怪談でもないし、ホラーでもないのですが、なんとなく背筋の寒くなるような不気味さがあって、この季節にはぴったりかもしれません。
こんな不思議で怪しげで幻想と叙情に満ちた物語は、やはり舞台が京都だからこそハマるような気がします。
おバカな(でも頭脳は優秀)大学生たちの青春絵巻も似合えば、ちょっとおどろおどろしい雰囲気も似合う、それが京都という街だという感じがします。
どちらかというと『夜は短し歩けよ乙女』のような「京都妄想系」小説の方が明るくて楽しくて私は好きですが、こんな静かで暗い雰囲気も悪くはないなと思いました。


個人的にはやっぱり11歳まで京都に住んでいたので、なじみのある京都の地名などが出てくるだけでも楽しめました。
琵琶湖疏水の歴史、小学校の時習ったなぁとか懐かしく思い出したりして。
南禅寺水路閣と言えばよく2時間サスペンスドラマで犯人が罪を告白する場所だよなぁとか(笑・私個人的には小学校の頃遠足でよく行った場所ですが)
今森見さんは朝日新聞夕刊で小説を連載されていますが、こちらももちろん京都が舞台で、毎日楽しみに読んでいます。
母も読んでいるので、「主人公たちが食事をしたうなぎ屋に行ったことがある」とか「いつの間に京都にロフトができたん!?」(って、母の京都の記憶は一体何年前で止まっているのか…ロフトができたのなんてずいぶん前のことなのに)とか話をしています。
今は年に2度のお墓参りで行くだけで、徐々に遠くなっていく京都の記憶が、森見さんの作品のおかげで呼び戻され、懐かしい気持ちを味わわせてもらっています。


やっぱり京都を舞台にした小説、特に森見さんの独特の世界観で描かれる作品には惹かれてしまうなということを再認識させられた作品集でした。
☆4つ。