tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『風が強く吹いている』三浦しをん

風が強く吹いている (新潮文庫)

風が強く吹いている (新潮文庫)


箱根駅伝を走りたい――そんな灰二の想いが、天才ランナー走と出会って動き出す。「駅伝」って何? 走るってどういうことなんだ? 十人の個性あふれるメンバーが、長距離を走ること(=生きること)に夢中で突き進む。自分の限界に挑戦し、ゴールを目指して襷を繋ぐことで、仲間と繋がっていく……風を感じて、走れ! 「速く」ではなく「強く」――純度100パーセントの疾走青春小説。

読むのを楽しみにしていた陸上小説・その1。
評判に違わず面白かったです。


縁あって同じボロアパートに住むことになった10人の寛政大学の学生。
共同生活を送りながら彼らが目指すことになったのは、正月の風物詩、箱根駅伝
リーダー格の灰二と、高校時代陸上の名門校で走っていた走(かける)以外の8人は陸上に関しては素人と言っていいレベル。
無謀にも思われたこの挑戦に、彼らは厳しい練習と友情で立ち向かっていく―。


う〜ん、青春ですねぇ。
走っているシーンが多いわりには、あまり汗臭さが感じられない小説です。
走ることを通じて自分自身も気付いていなかった自分を発見し、仲間たちと襷だけではない大切なものをつないで、そして順位やタイムでは計りきれない、自分たちだけの「勝利」をもぎ取り成長してゆく10人の若者を描いていてとても爽やかです。
若者らしく反発しあったりけんかをしたり、淡い恋愛模様も描かれたりして、きちんと青春小説のツボを押さえています。
何よりキャラクターの書き分けがしっかりできていて、個性もはっきりしているので、10人も登場(もちろん他にも脇役が多数登場)するわりに混乱することもなくそれぞれの人物に感情移入ができました。
箱根駅伝のレース中は襷リレーの順番にあわせて、10人それぞれの抱える事情や想いがたっぷりと描写され、何度か胸が熱くなりました。
けっこうボリュームのある長編作品ですが、テンポのよい物語展開に引っ張られるようにしてぐいぐい読まされます。


私は陸上(どころかスポーツ全般)には縁のない人間なので、この作品に描かれているランナーたちの想いや感覚がリアルなものなのかは分かりません。
でも、読んでいて中学時代に体育祭のクロスカントリーという種目で2キロ走ったことを思い出しました。
この種目、上位に入れればけっこう点数が大きいので、優勝を狙う他のクラスはちゃんと走れる人が出場するんですが、私のクラスは勝つ気が全くなくて、出場者をじゃんけんで決めたんですよね。
私、見事にじゃんけんに負けて、出場することになってしまったのでした。
クラス一の運動音痴と言っても過言ではない私なのに。
でも、いざ走り出して、最初はかなり苦しかったのですが、中盤で自分なりの走るリズムがつかめてくると、苦しさは消えてわりと楽に走れるようになったのです。
その結果、ずっと最下位集団にいたのですが何人か抜いて、最終的には24人中13位でゴールしたのでした。
もちろん誇れるような成績ではありませんが、私としては満足できる結果でした。
何より、「私って意外と走れるんだ」という発見に驚きました。
走る前は「途中で倒れるかも」と思っていたのに…。
残念ながらこの経験が私にもっと走ってみたいと思わせることはありませんでしたが(笑)、この作品に登場する「運動音痴」という「王子」(あだ名)が悪戦苦闘しながら、それでも目標に向かって走ろうとする気持ちは分かるような気がしました。
運動音痴な人間は子どもの頃から「運動音痴」と言われ続けて、自分でも「どうせ自分は運動音痴だから」と挑戦する前にあきらめてしまうようなところがあります。
でも、実際にやってみて、少しでも自分が予想したのよりもよい結果が出ると、やっぱりうれしいんですよね。
駅伝という、走っているときは孤独でも、仲間と仲間をつないでいく競技であれば、なおさら頑張れる部分もあるのだろうなと思いました。


陸上に限らず、スポーツのあのスピード感や迫力を文字で伝えるのは難しいことだと思います。
でも、この作品はしっかりと走ることの魅力を伝えてくれました。
☆5つ。




♪本日のタイトル:爆風スランプ 「Runner」 より