tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『温室デイズ』瀬尾まいこ

温室デイズ (角川文庫)

温室デイズ (角川文庫)


みちると優子は中学3年生。2人が通う宮前中学校は崩壊が進んでいた。校舎の窓は残らず割られ、不良たちの教師への暴力も日常茶飯事だ。そんな中学からもあと半年で卒業という頃、ある出来事がきっかけで、優子は女子からいじめを受け始める。優子を守ろうとみちるは行動に出るが、今度はみちるがいじめの対象に。2人はそれぞれのやり方で学校を元に戻そうとするが…。2人の少女が起こした、小さな優しい奇跡の物語。

いつもほんわかと心が温まる瀬尾まいこさんの作品で、しかも「温室デイズ」なんていういかにも温かそうなタイトルですが、この作品に描かれているのは壮絶なまでの学校崩壊といじめ。
そのおぞましい描写に背筋が寒くなるけれど、何よりぞっとするのはこれを書いたのが現役の中学校教員であるということ(瀬尾まいこさんは京都府内の公立中学校の国語科教諭です…この作品を書かれた当時はまだ講師だったのかな?)。
もしやこれらは、実体験を元にしている部分が多かれ少なかれあるのだろうかと思わずにはいられません。


なんと言うか…私が送ってきた学校生活はすごく平穏でまさに「温室」と呼べるものだったのかもしれない、とこの作品を読んで今さらながらに思いました。
もちろん、何も問題がなかったわけではなかったけれど、少なくともこれほどのいじめはなかったし、学校も荒れてなかったなぁ。
授業中はちゃんと全員着席して先生の話を聞いていたし、登校拒否や別室登校の生徒もほとんどいませんでした。
でも、やはり現実にはこの作品の舞台・宮前中学のように、崩壊の一途をたどっている学校も少なからずあるのだと思います。
一体どうしてそうなってしまうのかも気になるところですが、この作品では崩壊が進む学校でいじめの対象になったとき、どのようにそんな環境に立ち向かっていくかというところに焦点が当てられています。


いじめを受けたときの反応として、「あんな教室にはいたくない」と別室登校や登校拒否を選択する、いわゆる「逃げ」の方向へ行く優子も、「私が悪いわけじゃないのになぜ私が教室から出て行かなければならないんだ」とあくまで普通に教室にい続けようとするみちるも、どちらもそれが正しいとも悪いとも言えるものではないでしょう。
大事なのはそれぞれの生徒がどうしたいのか、何を望んでいるのか。
その生徒一人一人に真摯に向き合って、思いを聞き出すのが教師や保護者の役目のはずですが、この作品に登場する彼らはなかなかそうした役目を果たせずにいます。
もちろん教師には教師の、親には親の、いろいろな事情や考え方があるのでしょう。
ただ、「荒れた学校を何とかしたい」と、自分で考えて打開策を模索し、いじめに立ち向かう力を身につけていく優子やみちるのたくましさに感動はすれども、なんだかもやもやとした気分が残りました。
瀬尾さんは教員として学校現場で働く中で、子どもたちの強さや可能性の大きさを信じておられるのでしょうし、実感もしておられるのだと思います。
ただ、やはり子どもだけの力でできることは限られていて、上手に大人たちが介入していかなければならないものだと思います。
その辺りが難しいですね…介入しすぎて管理教育になってもいけないし、無関心でもいけないし。
大人がすべきことは一体何なのだろう…と考え込んでしまいますが、結局のところ「子どもたちを注意深く見守る、話を聞いてあげる」、これしかないのかなと思います。
みちるのこんな心の叫びを、聞き逃さないように。

「そういうの、すごく変だよ。学校に行かなくても大丈夫なようにするのが先生なの?つらいことがあったら、逃げ場を作ってあげるのが先生たちの仕事なの?そんなんじゃなくて、ちゃんとみんなが普通に教室で過ごせるようにしてよ。私は、先生に教室に行こうよって言ってほしい。ちゃんと学校に来いよって言ってほしい」


99ページ 10〜13行目


瀬尾さんご自身も、教員としてまだこうした問題に対する答えが出ているわけではなくて、手探りで道を切り開いている途中なんだろうなぁという印象を受けました。
ぜひ、10年、20年後にベテラン教員になられた後に、また同じテーマで小説を書いていただけたら…と思います。
学校という場所で闘っている全ての子どもたちと先生たちにエールを送りたくなるような作品でした。
☆4つ。