tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ドラママチ』角田光代

ドラママチ (文春文庫)

ドラママチ (文春文庫)


欲しいもの…子ども、周りの称賛、やる気、私の人生を変えるドラマチックな何か。でも現実に私の目の前にあるのは、単調な生活に、どうしようもない男、中途半端な仕事…。高円寺、荻窪、吉祥寺、東京・中央線沿線の「街」を舞台に、ほんの少しの変化を待ち望む女たちの姿を描いた、心揺さぶる八つの短篇。

角田光代さんが描く女性は、リアルすぎてちょっと怖い…。
この短編集に収録されている作品の主人公たちは皆私よりもちょっと年上なのですが、なんだか数年〜10年後くらいにはこんな風になってそう、という自分の将来像が浮かんできて怖かったです(笑)
世代や立場は多少違っても、女性が共通して持っている感覚とか願望とか思いというものはたくさんあって、それらを丹念に拾い上げて描写しているからなんだろうなと思います。


収録されている8つの作品に登場する女性たちは、皆何かを待ち続けています。
それは子どもであったり、不倫相手の離婚であったり、「本当の自分」にふさわしい場所だったり…。
でも、待ち続けるだけではそれらは容易に手に入らない。
だから、どの話も閉塞感のようなものが漂っていて、ちょっと息詰まるような感じを受けます。
特に最初の方に収録されている「コドモマチ」や「ヤルキマチ」、「ワタシマチ」などは、その閉塞感が解消されないままに話が終わってしまうので、読み終わった後もなんだかもやもやしたものが残ります。
一方、後半に収録されている作品はそんなもやもやに一筋の光が射すような結末になっていて、結果としてこの本全体の読後感としては悪くないものになっています。
私はやっぱり希望が見える終わり方の方が好きかな。
なので「ドラママチ」と「ワカレマチ」がよかったです。
どちらもちょっと感動してしまいました。
特に「ドラママチ」の、日常にドラマを求める女・里香子の気持ちはよく分かるなぁ。
女なら誰だって一度くらいは、「かっこよくて仕事もできるいい男とドラマチックな恋愛をする」とか「高級レストランでプロポーズされる」とか、妄想しますよね。
でも現実はそんないいものじゃない。
むしろ、生活臭にまみれた、ドラマのかけらもない平凡でありきたりな結婚の方が、幸せになれるのかも。
この作品に登場する老婆のセリフが心に残りました。

「どこだっておんなじだよ、フランスだって中国だって、人が暮らしてて、疲れてお茶飲みきて、くっちゃべったりぼうっとしたりして、家に帰っていくんだもん。どこだって同じならここだって外国」


219ページ 7〜9行目

変わりばえのしない生活を変えてくれる「非日常」は、案外身近にあるのかもしれませんね。


どの短編にも「待つ」場所の象徴として、喫茶店が登場するのが印象的でした。
どれも味わいのある喫茶店で、なんだか喫茶店でコーヒーが飲みたい気分になりました。
また、タイトルの「マチ」には「待ち」だけではなく「街」も掛けてあるようですが、私は東京の地名があまりよく分からないのでその点についてはちゃんと読めていないだろうと思います。
中央線沿線の街が舞台に選ばれているようですが、中央線なんて東京のどこを通っている路線なのか全然知らないし、その沿線の街というのがどんなイメージを持っているのかも分かりません。
おそらく角田さんはこの作品で描きたいものにふさわしい場所として中央線沿線を選ばれたのでしょうが、その意図するところは東京の地理が分かる人にしか通じないと思うので、ちょっとその点は残念ですね。
路線図とか簡単な地図か何かつけてもらえるとよかったかも。
とは言え、「待つ」女性を描いた作品としてはとても面白かったです。
☆4つ。




♪本日のタイトル:鬼束ちひろ 「everyhome」 より